第170話 滾る
「ハァ、ハァ……何とか……追い払エタか……ハァ、ハァ……」
「ユウヤ、大丈夫……? 変だよ、何だか……」
息を荒げながらフラフラしながらも、何とか立ち続けるユウヤをカエデは心配する。その目は酷く充血し、戦闘を終えたあとでも未だにコンパウンドを解除しないユウヤ。明らかにペガサスとの時は違う姿に、カエデも不安を覚えずにはいられない。
「アア……何だか……奴が敗北しているとは思えナイ、我が血が滾り続ているンだああアアアアアア!」
「どうしたのよ!? 確かに今やっつけたじゃない! 捨て台詞も残していったし……」
「違ウ……奴はただの……人間じゃないんダ……だから追わなくテハ……収まらん、興奮ガッ!」
カエデは必死にユウヤをなだめるが、一向にその興奮が収まることはない。執拗に木っ端微塵にしないと気が済まないのか、もしくは本当に何か嫌な物事を予感しているのか。カエデには一切分からないが、とにかくユウヤを止めなければ大変なことになる。そう実感したカエデは、最悪の場合はユウヤを力ずくで止めることも厭わない覚悟を決めた。
「ユウヤ……何だかよく分からないけど、話してほしいな。何を怖がっているの?」
「奴は最悪の一族の末裔ダ……だから……だから……」
「ユウヤ……?」
「全てをなぎ倒しに行くツモリナノダ! イチカも、先生達も、栄田サンモッ! グウ、ウワアアアアアアアアアアアア!」
ユウヤは地面に這いつくばり、何度も雄叫びを上げる。なんとか自我は保てているものの、今にも暴れだしそうな勢いだ。ユウヤという人格とミノタウロスの闘争心が争っているのが見て取れる。
カエデはユウヤに何度も何度も声をかけるが、ついにミノタウロスがユウヤに打ち勝ってしまった。ユウヤの眼が怪しく輝いたかと思ったその時、まるで怪獣のような咆哮が辺りに響き渡ったのだ。
その音圧でカエデは弾き飛ばされ、周囲の木々から葉を吹き飛ばし、電線を激しく揺らし、地面に置かれていたありとあらゆる物が散乱した。
「グアアア……フヒヒヒ……ヤット野望ヲ叶エラレルッ!」
「ユウ、ヤ……? 一体どうした……のよ!?」
「ユウヤァ? アァ、コノ男ノ名前カ。我ノ名ハΔ●〆。今カラ世界ヲ制服スル者ダ!」
「何を、言ってるの……?」
「滾ルゾ、最強ノ血ガ! コレナラ、オマエヲ倒スノモ朝飯前ダァアアアアアア!」
ユウヤは突然角をカエデに向けて突進してくる。困惑して頭が回らぬカエデはひとまず回避すると、その角はアイス屋の壁に突き刺さり、大きな穴を開けてしまった。
それはまるで巨大な鉄球でもぶつけられたかのよう、カエデは思わず戦慄する。
(なんて威力……!? 絶対に攻撃を喰らっちゃいけない、確実に!)
「クソ……マダマダ行クゾッ!」
再びユウヤは突進し始める。だがその動きは単調、ただ一直線に全速力で走ってくるだけだ。痛む身体をいたわりながらも、カエデは再び回避する。
(……どうやらパワーと引き換えに知能は捨ててしまっている。なら、こっちはジワジワと追い込んでいく!)
「グオ、グオオオオオオオオオオ!」
またまた、ユウヤはドスドスと巨大な足音を立てながら突進してくる。だが、カエデは今度は全く動かず仁王立ちする。ユウヤはそれにすら気付かない、ただ向かってくるだけである。
「ブッ飛バス、空ノ果テマデナ!」
「……なら、アンタは地面の底まで落ちなさいッ!」
「……グォ?」
ユウヤとカエデの距離はもう30cmほどにまで迫ろうとしていた。その瞬間カエデは全力で両手を地面に向け、
「爆散ッ! スナバコノキ!」
と叫ぶ。同時にカエデから巨大な種が地面に叩きつけられる。それは瞬時に爆発し、その勢いでカエデは大きくジャンプしてユウヤから離れるとともに、見事ユウヤを即席の落とし穴にハメることに成功した。
「やった! ごめんね、ユウヤ。正気を取り戻したら回復してあげるから、喰らえ。ホウセン――」
「……我ガ、タダの脳筋ダト思ッタノカ!」
「……え!?」
ユウヤは2メートルはあるだろう大穴からすぐさまジャンプで脱出した。地中に埋まっていた、大きな岩石を脇に抱えながら。
「我ハ人間ヤ、他ノ聖霊共ニ知能デハ劣ル。ダガ、アル程度ハ考エラレルンダゼ? 特ニ、戦闘ニオイテハナ!」
「……ヒイラギッ! 私を守って!」
「ソンナ薄ッペライ鎧デ、命ガ助カルトデモォ!?」
「ああその通りさ。残念だが、もうこいつは助からねぇ」
「自覚シテタノカ……ッテ、誰ダ?」
「……そ、その声!」
カエデがゆっくり立ち上がると共に見つけたのは、いつの間にかどこからともなく現れたヒビキであった。どうやら何か知っていそうな雰囲気だ。それにしても……
「なんで……ここに来たの? なぜこんなことになってるって、知ってたの?」
「説明は後だ。とにかくこいつを……始末しなければな」
「ししししし、始末っ!? ユウヤの身体なんだよ、聖霊に乗っ取られてるだけで――」
「それは知ってる! オレはある程度、聖霊のことは知ってるんだ! 悔しいことだが、そういう任務も昔あったからな……だが、最悪の事態は覚悟しとけ」
「そ、そんなの……受け入れられるワケ――」
「黙れ! お前もそこの……お友達とおそろっちになりてぇのかァ!」
突然、雷鳴がどこからか響き渡った。雨も降っていない空から、突然……。それはまるで、死闘開始を告げるゴングのようであった。
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