第167話 自己嫌悪
ユウヤとカエデの目に映るのは、街の中に不自然に佇む土砂の山と、丸焦げになり倒れてピクリとも動かないタケトシ。時間は止まっていないのに、2人は石像のようにその場から動けず、ただ変わらぬその風景を眺めることしかできない。
あの日までは間違いなく、ユウヤ達はどこにでもいる大学生だった。でも今やその肩書きとは程遠い、残酷で強烈な日々を目の当たりにしている。ましてや、この日本という国で……
20秒ほど経った頃だろうか、ようやくユウヤとカエデは硬直状態から抜け出すことができた。だが、2人ともただ、命を落としたタケトシを見て泣き叫ぶことしかできなかった。
「嘘だろ……? 嘘だろ、なぁ! おい、タケトシってば! 返事しろよ早く、ほら、ほら! うわあああああああああ!」
「タケトシ君……なんでよ……いきなり自爆技だなんて……ああああああああああああああん!」
2人とも、心から願った。今はただ大技の反動で気絶しているだけで、この後タケトシが目覚めて不器用ながらも笑う情景を……何度も何度も、名前の無い合格発表を確認し直すように、叶わない夢だと分かっていても、願わずにはいられなかったのだ。しかし、やはりタケトシが目覚めることは無い。ずっと……安らかに眠り続けている。
対するスズも、土砂の中から出てくる様子はない。タケトシは自らの身と引き換えに強敵、犬飼スズを撃破したのだ。溢れ続ける涙を何度も拭いながら、ユウヤはタケトシのところへようやく足を動かし始める。
「すぐには始めねぇけど……いつか追いかけっこ、雲の上で……やろうな……うぅ……うわあああああああああ!」
「タケトシ君……今度こそ、野球を一緒に……ぐすっ……うぅ……」
無理やり前向きな言葉を並べてみても、ユウヤとカエデは悲しみの淵から抜け出すことができない。特にユウヤは、怒りの矛先をスズではなく自らに向けていたのだ。
ヒビキがチーム・ウェザーの刺客として大学に攻めてきた日、ユウヤは真っ先にヒビキを追い払おうとした。それも「力」で。
侵入者を巧みな技で撃破する。それは男児なら誰もが一度は思い描く光景であろう。教室に、部活中に、通学中に。冷静に考えれば、ほとんどの場合余計に事態を悪化させるだけなのに、だからこそ脳内という自由な世界では自らをヒーローに仕立て上げる。
もしあの時、他の方法を取っていれば。適切に動けていれば。今も変わらぬ、平和でありふれた大学生活を楽しめていたのではないか。友達が命を落とすことも無かったのではないだろうか。後悔と自己嫌悪が無限に、次々とユウヤに襲いかかる。スズが放った、意味深な言葉とともに。
『アンタには……ざっと数えて5体は聖霊が取り憑いてるね。中でも最もヤバい影が見えるのよね。そいつがアンタの友達、身内、知り合い……すべての魂を喰らい尽くそうと。つまり破滅に導こうとしてるわ』
(メイに……タケトシが死んだのも……オレのせいだってのか? オレが疫病神になっているのか……!?)
『えぇ。奴らは本気で世界を支配し、逆らう者を根絶やしにしようとしている……例えば今からキミが感じるみたいに、ね』
(感じる……? ホリズンイリス族の血がたぎり、オレもいつか反・錬力術に染まっちまうというのか……? いや、考えすぎだよな……!? 流石に勘違いだよな、変にこじつけてるだけだよな……!? そうであってくれよ……!)
《私は、あんたに殺されてたのですわね……》
「へっ!? 今の……メイの声か……?」
《よくもやってくれたな……何が追いかけっこだ、てめぇは地獄で鬼から逃げてろ》
「タケ……トシ……!」
どこからか、メイとタケトシの声が聞こえてくる。現実じゃない、本物じゃない、そのはずなのに……妙に心を蝕んでくる! やめてくれ……やめてくれ……! 耳を塞ぐも意味がない。湧き出る幻聴をかき消そうと声を出してもそれを上回ってくる。一体何なんだ、これは……!
「……やめろ、やめてくれ、やめてくれ! うわあああああああああああ!」
ユウヤは心の底から、本能のままに叫んだ。まるで崖下から助けを求めるライオンのように。怖い。怖い、怖い、怖い、怖い。今まで見た何よりも怖く、心に突き刺さってくる。
「ハァ……ハァ……オレは……! オレは一体……!」
「……ど、どうしたのよ、ユウヤ……?」
あまりにも異様な姿を見て、カエデもユウヤを介抱する。ユウヤはマラソンを終えたあとのように息が上がり、まともに会話するのも難しい状態だ。
「オレは……オレは……! オ゛レ゛ば……!」
「ひゃっ!? どうしたのよ……なんか……怖いよ……」
いつの間にかユウヤは茶色い何かに包まれていた。それは土のように柔らかくも、岩のように硬くもあり、何より熱い蒸気がヤカンのように吹き出している。
カエデも、その異様な光景に腰を抜かす。一体目の前で何が起こっているのか。そもそもこれは現実なのか……
タイミング悪く、土砂もガタガタと音を立て始めた。それはただ土が崩れたというワケではなく、悪魔の復活を意味するものだった。
「っ! なんでよ、アイツが……!?」
「痛てて……少しはやってくれるじゃない、人間……これは慎重に立ち回らないと――」
耐えたのだ。タケトシの捨て身の大技を。だが、たちまちスズもユウヤの異変に気付く。それを見てスズは……むしろニヤリと笑みを浮かべた。
「3体目……あの変化の様子からすれば、確かミノタウロス系統の聖霊……面白くなってきたじゃないの!」
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