第140話 約束
例えば、どこにでも売られている風船。許容量を超えた量の空気を入れれば、いつしかそれは破裂してしまう。
例えば、家庭やレストラン、学校、どこにでもあるコップ。中に水をたくさん注げば、いつかは溢れ出て溢れてしまう。表面張力という名の溢れるか否かのギリギリのラインはあれど、限界は必ず存在する。
許容量、それは全てのものが抱える概念。体積、素材、温度等によるが、この世に無限の質量を抱えられる容器など存在しないのだ。
今、栄田の感情はそれらと同じである。彼にも当然怒りという感情はある。いくら普段は優しく紳士的な人物であれどその許容量を超えてしまえば、感情や力は爆発してしまう。
栄田はただ、全く無関係の人達を巻き込み、理想を叶えようとするアランが許せなかったのだ。
「私には義務があります。亡くした知り合いの無念を晴らすという、絶対的な義務が! さぁ、行った罪を白状するのです……!」
「ハァ、ハァ、亡くした知り合い……? あぁ、もしかして……ここで占い屋を営んでいた女のことか……? それならオレが、テキトーな男捕まえて始末させ――」
「やはり貴方ですか。ならば仕方ないですね、“油断大敵”」
「……へ?」
栄田はアランの胸ぐらを掴んで軽く持ち上げると、もう片方の手で指先を鳴らしてみせた。するとどこからともなく現れた水がヒラヒラとリボンのように舞い、アランの身体の周りで螺旋状に回り始めた。
「貴方には地獄を見せてあげましょう……!」
水のリボンは瞬時に凍り、アランの四肢を拘束して身動きを完全に封じてしまった。アランは慌てて火炎を噴射して氷を解かそうとするが、栄田の練力術はそれを遥かに上回っており、逆に燃え盛る火炎を鎮火してしまったのだ。
「なっ……! 理解できねぇ、火が氷に負けちまうなんて……!」
「物が燃えるためには、ある程度温度が高くなければならないんです。本気を出せば、貴方をドライフラワーのように凍らせて砕くこともできるんですよ、あるいは永久凍土の中に閉じ込めて差し上げましょうか?」
「こ、この野郎……!」
アランは栄田の術中から抜け出そうと色々ともがくが、どれも失敗に終わる。一見栄田が有利そうに見えるこの盤面だが、ユウヤは栄田の表情を見てそれが間違いであることを察した。
(額の汗、荒い息遣い……栄田さんにも余裕は残っていないようだ)
ユウヤは栄田を助太刀しようと思ったが、下手に動けば栄田を巻き込んでしまうことになりかねない。一旦ケルピーとのコンパウンドを解除したユウヤは、少し2人から距離をとって状況を見守ることにする。
「私は貴方に慈悲など全く持ち合わせていません……ただ、1つだけ来てていることがあるんです」
「き、決めていることだと? 何だよ、見せてみろよ」
「……言われなくとも、今から発動しますよ。山浦メイさんの無念を晴らすために!」
(メイの無念? ……ま、まさか!)
ユウヤの予想通り、栄田は懐から水晶玉を1つ取り出した。それをアランの心臓のあたりに掲げ、静かに呟いた。
「……以前、お話したことがあるんです。山浦さんは有り余る練力エネルギーを様々な物に封印し続けた。私が精霊を封印したタロットカードだけでなく、その後も沸き続けた力を。しかし!」
「し、しかし何だってんだよ、早く言いやがれよジジイ……!」
「万が一のため、最強の切り札を用意していたんです。別にそれはタロットカードでもトランプでもなく、この球にね!」
「な、なんだこ――」
アランが口を開いた瞬間、水晶玉は眩く、妖しく、そして神秘的に光を放ち、あっという間にアランの身体を包み込んでしまった。そして光に紛れ、アランは跡形もなく消滅してしまった。
「……やりましたよ。山浦さん」
そう栄田が呟いた瞬間、水晶玉はピキピキと音を立てて割れてしまった。中からは陽炎のように揺らめく煙が立ち込め、同時に水晶玉はどんどんしぼんでいき、最終的にビー玉程の大きさになってしまった。
それを見届けた栄田は、ポケットに「ビー玉」をしまうと、ゆっくりとユウヤの方へ歩いてきた。
「ふう……かなり危なかったですよ、厄介な奴でした」
「栄田さん……ごめんなさい、オレ、何もできなくて……」
「いやいや、いいんですよ。ほら、空を見上げてください」
「……晴れてますね、きっとメイは見てくれていました」
「ええ。しかし、これからも戦いは続くことになります。私も精一杯戦いますが……ユウヤ君も、健闘していきましょうね」
「もちろんです、栄田さん」
2人は「約束」を交わすと、それぞれ帰路についた。幸い、その道中で何者かに襲われるということは無かったが、栄田とユウヤは大変な事実を知らなかった。
メイの切り札、「プレデーションバイヘブン」。それはただ対象を444年間異空間に転送した後、全く同じこの時間に戻す技であること。つまりアランはまだ、生きているということ。
もちろん、400年以上という人生4~5回分の時間を過ごして、復讐心を保ち続けられるかは別の話だが……
「こ、ここはどこなんだ! 日本でもない、アメリカでもないイギリスでもない! 全く見たことがない世界だ、ここはどこなんだよ、誰かあああああああ!」
もちろん、こんな叫びが誰かの耳に届くことは、決して無い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます