第135話 弔い
「こ、これ……何が起きてるんだ、一体!」
ユウヤが目にしたのは、人間と異形の狭間の存在となり蠢く大行列であった。ある者は尾を生やし、ある者は鋭い牙をむき出しにし、そしてまたある者はコウモリのようにバサバサと羽ばたきながら歩道をジグザグに這っている。
そして彼らに共通するのは、その様子がまるでゾンビを彷彿とさせるものであることだ。声に鳴らざる呻きを上げ、標識に、看板に、ポストに突然襲いかかりだす。
とにかく、今ここにいてはならない。姿を奴らに見せてはならない。一旦ユウヤはメイの館に避難し、その姿を隠す。
「さっきまでこの辺りは普通だったはず……なのに、この数分の間に……モニトーと会った時みてぇなバケモンで溢れているぞ!」
ユウヤは荒がる息を抑えつつ、ドアの小窓から外を見つめる。はっきりは見えないが、異形の行列は大蛇のように長い。幸いこの辺りは人通りが少ない、一般人が襲われるリスクは駅前よりかなり低い。
だが、ユウヤの憂いは消えることはない。理性を失った異形の姿は何度か見覚えがあった。かつてカナもセイレーンの力を抑えきれずに半暴走状態に陥ったし、
もしこの行列の向かう先が市街地であれば、一体どれほどの一般人が巻き込まれてしまうのだろうか? そう感じた瞬間、ユウヤの体は勝手に動いていた。
「……おい、お前ら! ここから先には行かせねぇ、相手してやる!」
「……フギャ?」
「クオオオ……」
「グアアアア……」
異形の集団が一斉に振り返る。深淵のような暗黒に染まったその眼、殺意と敵意を剥き出しにした視線、この世のものとは思えない唸り声。そんな奴らが数十、いや数百体確認できる。
「思っていたより大ピンチ……だが、ここで止まっていられるかぁ!」
ユウヤは両手を体の前に構え、周囲の空気を、風を凝縮させる。かつてサムが言っていた、「聖霊の力に対抗するなら同じく力を使わなければ云々」という理論。たとえ奴らが強制的に聖霊の力をコンパウンドさせられていたのだとしても、コウキにより洗脳かつ力を与えられているだどしても、今ユウヤがケルピーやペガサスの力を開放する余裕など無い。とにかく1体でも速やかに敵を撃破しなければ、待っているのは間違いなく地獄である。
「タイフーン・ストレート……吹き飛びやがれぇ!」
「ンギャアア!」
「ビャアアッ!」
「まだまだぁ! 千本ノックだああああああっ!」
「フギャア!」
「グオオオ!」
「ンガアア!」
「ヒギャッ!」
「くっそ……流石に多すぎじゃねえか」
いくら吹き飛ばしても敵はまだまだ湧いてくる。あいにく今ここにいるのはユウヤ1人だけ、それに仲間を呼ぶ余裕も無い。どうしたものか……
すぐ近くに強そうな人はいないか? 意外にも戦ってくれそうな人はいないか? いや、これは自分が招いた結果でもある、一般人を巻き込むのはやはり……色々と考えていると、遠くの方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「三本の矢っ!」
同時に、水のような透明感と鋼のような光沢感を併せ持った見た目の矢がふわっと現れ、勢いよく飛び出して異形達をまとめて撃破してしまった。その数、ざっと数えて60体以上だ。
「さ、3本の矢でこれほどまでの相手を!?」
「鳥岡君……お久しぶりです」
「さ、栄田さん!」
声の主はなんと、暴走したヒカリによりやられたかと思われていた栄田であった。まだ歩き方はおぼつかないところがあるが、どうやらかなり回復できたようだ。
「先程の錬力術……かなり成長したようですね」
「へへ……ありがとうございます」
「でも、談笑している余裕は……無さそうですね」
栄田の目線の先には、まだまだゾンビの如くうろつく無数の異形。ユウヤも改めて奴らを薙ぎ払おうとしたその時、既に栄田は動き始めていた。
「はっ! とおっ! はぁっ!」
「ギギャア!」
「グオオオ!」
「ガアアア!」
「ま、まるで武術の達人と素人……だけどオレも見ているだけじゃいられない、喰らええええ!」
「フギャアアア!」
「グオオオオオ!」
栄田とユウヤが協力して、どんどん敵を倒していく。また、それと同時にコウキの洗脳装置も壊していく。戦い始めて30分ほど経った今、敵の数は残り50体ほどになっていた。
「ハァ、ハァ……もう少しですね」
「いや、まだまだですよ」
「……そうでしたね、残りもなるべく早く――」
「……いえ、違いますね」
「……え?」
ふと、ユウヤは栄田の目と声の色が変わったことに気が付いた。それはまるで丘を流れる小川というよりも、渓流を駆け抜ける急流。まさか、知り合いであるメイのことが関係しているのだろうか? もちろんユウヤも大切な仲間を失ったばかり、彼女の思いと無念を無駄にするワケにはいかない、そう決心していたが……栄田の思いは、そのはるか上を行っていたのだ。
「一生、かけていかねばならない時間です」
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