第117話 台風一過

「ハァ、ハァ、ハァ……おかしい、こんなのすべて……きっと夢なんだ……」


「ユ、ユウヤ落ち着いて……! あれは絶対タケトシ君じゃないよ! それにユウヤがチーム・ウェザーと戦ってきたのは事実、ホリ……からのスパイなワケがない! だから落ち着いて深呼吸、ね?」


「そうだそうだ! ユウ……ヤはこれまで一緒に活動してきた仲間。例え生まれが本当にその……伝説の一族なのだとしても! 大切なのはその中身、それでユウヤのことを見限る奴なんていやしねぇ!」


 カエデとイチカは必死にユウヤを励ます。だが、当の本人はパニックの奥の奥、もはやどんな言葉も届きやしない。

 幼少期に親から捨てられたトラウマ、味方だと思っていたシュウタロウが実は敵、そして自分自身も、その正体はチーム・ウェザーの親玉であるホリズンイリス属の民という事実。もはや何が何で、誰が味方で誰が悪者なのか分からない。


 シュウタロウの言葉通り、今後自分ユウヤは誰からかは裏切り者という、自分が憎んできた存在に成り果ててしまうのだ。人間として戦っても、気が狂って本来のホリズンイリス族側の使命を全うするにしても。パニック状態のせいで、ユウヤの目的は「合理的に動く」ことに塗り替わりつつあるのかもしれない。

 その様子を見てディジェフティフは無言で腕に土砂を纏う。


「二ヒャヒャ……友情ごっこの最中で申し訳無いが、我の誠実な部下がお前らを鬱陶しいと言っているもんでな……消し去ることを許可した。やれ、ディジェフティフ!」


「……承知。土塊プレス!」


 ディジェフティフはサーカス団のパフォーマンスの如く大きく跳躍し、手に纏った土塊を下に真っ逆さまに落ちてくる。その標的はユウヤ、慌ててユウヤも転がり避けるも、その目は虚ろだ。


「……標的、風谷。始末失敗」


「か、風谷……誰だよ、ハハハ……」


「おい、落ち着け筋肉野郎! 風谷ヨウマは数年前に命を落としたチーム・ウェザーの元メンバー。決してこいつ、鳥岡ユウヤと同一人物などでは無いぞ!」


 ユウヤの代わりに、必死にディジェフティフを説得するヒビキ。だが、その労力も虚しく……


「嘘はいらぬ……! そいつは風谷ヨウマ、オレの命を奪いに来たのだろう……!」

「フハハハハハ! 残念だがこの通りなのだ! さぁ始末しろ、『掟』を破った風谷ヨウマを……!」


「……承知」


 再びディジェフティフはユウヤに向かって攻撃を仕掛けてくる。突進、ラリアット、頭突き。それらは全て「プロレスごっこ」の域を遥かに越えており、確実にユウヤの命を奪いにきている。

 ユウヤは涙をこらえながら、一発一発の攻撃を防ぎながら語りかける。


「おい、正気を取り戻せ! オレと昔から一緒に過ごしてきた仲だろ、オレが風谷とやらなワケねぇだろ!」


「見苦しいぞ、風谷! お前は倒さねばならん」


「その首輪のせいでおかしくなってんだろ!? 今すぐ壊してやる、だからひとまず落ち着けって!」


「……雑音。爆散せよ、石弓カタパルト


「ぐああああああっ!」


 ユウヤは目にも見えぬ程に俊敏、かつ山もを貫かんとする強烈なパンチで吹っ飛ばされた。壁に背中を強く叩きつけられ、立ち上がろうとするだけで全身に激痛が走る。

 カナやカエデ達は見てもいられなくなり、慌てて加勢しようとするが、ユウヤはそれを腕を広げて制する。それを見てさらにコウキは笑う。


「おっ、いいねー、いいねー! どんどん視聴者が増えていくぅ! こりゃこの配信だけで車が買えちゃうかもねぇ」


「クソがあああああ……タケトシ、今度こそ助けるからなああああ……!」


 ユウヤは激痛をこらえながら再びディジェフティフに近づく。だが、その思いが一切届くことはない。ディジェフティフは再びユウヤを無言で殴り飛ばす。


「ガアアアアアアアアッ………ァァァ……」


「風谷ヨウマ……! まだまだ潰し足りん! そしてその後ろにいる女達も、次々と潰す!」


「クソッ! つか、風谷なんとかって誰なんだよ! 同一人物なワケねぇだろ、ユウダイとは!」


 ディジェフティフに怒るイチカ。だが、神妙そうな顔つきでヒビキはそっと呟いた。


「前提として、あの友人は強い洗脳を受けている……記憶も遮断され、ただ上からの命令通り動くロボットのように」


「え? だとしても風谷ってのは……」


「元チーム・ウェザーの幹部、今は生きていないが……確かに見た目は似てるし、風系の錬力術を使うという点も同じだ。それにヨウマは一体何に違反してたのか、オレは正直全く知らない」


「そ、そんな……でもそれって、タケトシ君は……いや、ディジェフティフからすれば、『既に命を落としてしまった人物と今戦っている』ことになるんじゃ」


「あぁ。それがポイントだ……恐らく、タケトシを洗脳する際、嘘を交えて情報を伝えたのだろう。『ユウヤにそっくりな男、風谷ヨウマという者が今度お前のところに攻めにくる。迎え撃て!』……的な感じでな」


「ブティフール……なんて奴だ! ウチがわからせる、いや……マジのマジでぶっ潰す!」

「うん……許せないよ!」


 闘志をたぎらせるカエデとイチカ。その思いが伝わったのか、満身創痍のユウヤは飛び上がるように立ち上がり、そして呟く。


「いつもと同じパターンなんだろ……洗脳装置を壊せばチーム・ウェザーやプティフールとやらに忠義を尽くすことも無くなるんだろ……」


「……む?」


「正直、大ピンチだぜ……全身激痛だし、意識も……正直……薄れてきてる……だが! 抑えてみせるんだ、ここでオレがな……!」


 ユウヤはゆっくりを風を凝縮させ、球を作り上げていく。既に全身は傷だらけ、錬力術を無闇に使えばそのまま命すら落としてしまうだろう。だが、ここで何もせずくたばるなんてこと、ユウヤにはできるはずがない。


 ユウヤは今、生命の極限状態である。息は荒れ、視界はくるくると回り、脚はその体をきっちりと支えられていない。だが、そんな「追い込まれている」状況だからこそ、ユウヤの風は強く唸る。


「決め球にするぜ……タイフーン・ストレー……ト!」


 ユウヤは何とか残っていた力を振り絞り、腕の力だけでなんとか球を投げることができた。だが、それと同時にユウヤはドサッと倒れ、そこからピクリとも動かなくなった。意識は、もちろん無い。


 そして、虚しくも風の球が命中したのはディジェフティフの肩周りであり、激突した瞬間暴風を巻き起こしたものの、彼を含めて敵の誰一人、倒すことはできなかった。


 時が止まる。あっさりと、淡々と、1秒が繰り返されていく。言葉が出ない。カエデも、イチカも、メイも。ヒビキもカナも。

 

 それを見て、シュウタロウは呟いた。


「ハハ、ハハハハハ! 勝てば官軍? いや、官軍だからこそワシらが勝てたんや。じゃ、謀叛した後悔と罪状に埋もれ、永遠に苦しみながら眠りや。ゼピュロスよ……」


 シュウタロウは倒れたユウヤを見て嘲笑う。だが、それにいち早く立ち上がったのはカナだった。


「官軍だから勝てた……? こんな薄汚ぇ方法を続けてきたこのチーム! 官軍だなんてはなはだしいにも程がある! こうなったらヒビキにお前ら! まとめてあいつらぶっ潰すぞ!」

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