第98話 倒壊

「オレのもう1つの遠距離技、ブラスト・スピットボール。その存在をふと思い出したのさ、老夫婦のお陰でな」


「……どういう仕組みや」


「球に唾液をを混ぜるのさ。そうすることでオレ自身も制御できない変化球を投げることができる……お前も困惑したのだろう、だから上手く軌道を操れなかった」


「チッ……!」


 ヒカリとシュウタロウは機嫌を悪くする。


 それにしても困った。ユウヤも真銅も、それぞれシュウタロウやヒカリに対して劣勢である。錬力術のレベルも、戦闘センスも、まるで桁違いである。生身の人間と使命により造られし者とやらはそれほど違いがあるのだろうか?


 照明器具が落ちるまで残り3分を切った。切れた照明器具の中にはヒカリの技、メドゥーサスカラプチャーのエネルギーが詰まっている。それがばら撒かれたならば、ユウヤと真銅はたちまち石化されてしまう。


 ユウヤは周囲を見渡す。何か打開策になるような物は無いだろうか、視線をあちらこちらに向けていたその時だった。上から、ポロポロと音を立てて砂状のものが落ちてきたのだ。


「これは……」


 その感触は冷たく、それでいてサラサラとしているものだった。例えるならば石に近い。


 ユウヤは察した。これは正真正銘壁の表面から、つまりヒカリが石化させた壁の表面が崩れているのだと。様子を見るに、ヒカリやシュウタロウはまだその事実に気付いていない。


 かなり手荒だが、3分以内にあえて壁にダメージを蓄積させ、この食料庫が崩れてくるタイミングで真銅と一緒に逃げれば2人に勝てるかもしれない。

 ユウヤは立ち上がり、ペガサスの力を解除して大の字になってシュウタロウに話しかける。


「……降参だ、シュウタロウ。こんな戦いもう終わりにしよう」


「どうした? 今更死ぬのが怖くなったんか?」


「あぁ……痛くないよう、一思いにやってくれ!」


「……と、鳥岡君!?」


 真銅は鳩が豆鉄砲くらったかのような顔でこちらを見てくる。この作戦を知らないだけに無理は無いのだが、何を言っているんだと言わんばかりにこちらにジェスチャーを送ってくる。

 それでもユウヤはそれに気付かぬフリをしながらシュウタロウと話し続ける。


「オレも実は……怖い夢を見るんだ。ヒカリやシュウタロウと同じ。これまでただの悪夢だって言い聞かせてきたけど……よくよく考えれば、オレが人間として生きていくのを咎められていたのかもしれない」


「……そうか。分かったみたいやな。じゃあ、一族の裏切り者だとして、安らかに眠らせてやるわ」


 シュウタロウは目をかっ開き、大声で叫ぶ。周りの食料を乗せた棚が、ガタガタと音を立てて踊り出す。


「今、ここにある全ての棚にかかっている重力は、床からその後ろの壁に移動しつつある……良かったな、ここで自首するなら身内達にまで裁きがおりることはあらへん」


「そうか。ペシャンコになりたいなんて、思う人はいないだろうから……良かった」


 ユウヤは眠るように目を閉じる。それを見て、シュウタロウも周りの棚を全て宙に浮かせた。


「最後に1つ。命ある者が自然や法則に敵うことは金輪際あらへん。明日の天気を予想できても、生態系を好きにイジれても。どんな技術をこれから生み出そうと、太古から存在する自然には勝てないんや……重力も例外なく、な」


 棚は壁に向かって《落下》していく。ユウヤは薄目を開いてその様子を眺める。そして、フッと少し笑うと共に、棚は轟音を立てて壁と共に崩れていった。


 時が止まる。シュウタロウとヒカリ、そして真銅が眺めるのは瓦礫と化した壁と棚、そして食料。その隙間にユウヤの姿は見当たらない。


「……一族の反面教師として生き続けてくれや、鳥岡ユウヤ」


「……ハハハハ」


「ごめんなさい……作戦を伝えていなかったから……鳥岡君、いえ……ゼピュロス君……」


 真銅は涙をこぼす。まるで大事な身内を失ってしまったのように。それを見て無慈悲にもシュウタロウは真銅に宣告する。


「……いやいや、次は真銅カミコ……いや、ヘパイスト。アンタの番やんか」


「……まぁ、仕方ないですね」


 今度は真銅も何かを諦めたかのように目を閉じる。再び、ガタガタガタと音を立てて瓦礫の山が動き出す。そして窓が割れ、強烈な風が食料庫内を吹き荒れる。


「ほーら。一族の決まりとして、謀反には厳しいって分かってたやろ……“あのお方”もだいぶお怒りのようや、もしかして存在自体抹消されるんやないか?」


 シュウタロウが不穏なことを口にしたその瞬間だった。窓から翼を生やした何者かが真銅を担ぎ上げ、そのままシュウタロウとヒカリの視界から消えていった。


「な、何や今の!? ……あのお方が現れたんか!? やりすぎだと……お怒りなのか……!?」


「へっ!? それだと私も処刑ですか……!? わ、私は提案するつもりでしたよ!? 裏切り者の石像として残しておくことを……!」


「う、うっさいねん……大体お前がカフェで暴れんかったらこんなことには――」


「喧嘩中すまんがなぁ……うっかり慢心したな、シュウタロウ……!」


 シュウタロウとヒカリは頭上を見上げる。そこに浮かんでいたのは、真銅を抱えた鳥岡ユウヤであった。


「なっ!? ……何で生きてる、ジェフリー・ゼピュロス・ホリズンイ――」


「……簡単なこと。ギリギリで避けたんだよ、火事場の馬鹿力が発揮できたんでなああああああ!」


「……この野郎あああああああああ!」


 ユウヤの作戦はこの通りだ。簡単なものだが、倉庫中に敷き詰められた棚は壁に向かって飛んできていた。だから、持ち前のスピードで一旦それを避け、そのままドアから倉庫を出て一旦姿を眩ませたのだ。棚と壁が崩れるタイミングと倉庫を出るタイミングを合わせることで、ドアが開閉する音を誤魔化せる。


「……さっき言っていたな、自然には勝てないと。だがお前らは、『ドアが開く音』が『壁と棚が崩れる音』に混ざり合っていたことを理解できなかった! ヒトという生物の脳という自然に! 騙されていたんだお前自身もな!」


「……このクソ野郎があああああ――」


「怒りに逆らえないままでいいのか、シュウタロウ! そろそろ石化までの5分とやらが来るんじゃないのか?」


「5分……? まさかっ!?」


 シュウタロウの視線はユウヤから照明、そして天井に向けられる。

 ユウヤの宣告通り、照明はガタガタと揺れており今にでも落下してきておかしくない。


「石像となるのはお前らの方だったな! もう一度言ってやるさ、勇者御一行のリーダーとしてな……この裏切り者、必ず決着をつけてやっからなあああああ!」


 そう捨て台詞を残したユウヤは、間一髪石像化から逃れて食料庫を脱出、そのまま真銅を担いで乗ってきた車に向かって飛び立った。


「許さねぇ……絶対いつか“壊しに”行ったるからなああああああああああああ――」

「……その時は……本気でグチャグチャにしてやりま――」




「大丈夫ですか、先生……」


「ん……あれ? 鳥岡君も私も生きて……いるみたいですが」


「はい、何とか上手くいきました…………早くここ、出ましょう」


 ユウヤの声はどこか悲しそうだ。その虚ろな目を見た真銅は、深呼吸して車を走らせた。


 


 

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