第64話 生と死の象徴
イチカは大地の隙間から勢いよく飛び降りると、その穴からは見慣れた街並みが姿を見せた。ここが天国、下が下界といったところだろう。それを見ると追いかけるようにユウヤも天国から降り立つ。そして、気が付くとユウヤとイチカは雪の上に横たわっていた。
「あれ、今のは夢か……?」
「何だかものすごい力を授かった気がするんだけど……」
「……何、死んでなかったの? めんどくさい奴らだわ、本当に!」
アズハは息を荒立たせながら雪玉をナイフへと変化させ、今にも投げようと振り構えている。再び息の根を止めようと。
イチカがナイフをじっくりと観察する。その凶器が放つ妖しい光に対抗し、鋭い目つきで眼光を飛ばす。
「……負けねえ」
そう意識した瞬間であった。イチカの体が燃え盛る炎に包まれた。紅く、全てを圧倒するようなその輝きにユウヤは思わず目を奪われる。
その炎は積もった雪、そしてナイフまでもを溶かし、追い打ちにかけるようにアズハに襲いかかった。
「キャアッ! 何するのよ、このバ――」
アズハは思わず言葉が詰まる。太陽のような光の中から現れたイチカが、燃える翼に尾、そして羽毛に包まれていたからだ。
「バカはお前だ! 今から消し炭になるってのに、逃げる素振りすら見せないんだからな」
「な、何のつもりよ」
「オレ様は奥野イチカ!
「イチカのやつ、理性を半分聖霊フェニックスに乗っ取られてやがる……」
自信満々な言動。それはいつものイチカによるものであった。ただ、いつも以上の熱気に神秘的なオーラ、そして「オレ様」という一人称、それらが夢に出てきたフェニックスによるものと一致する。
「オレ様の炎で魂ごと消し炭にしてやるよ、さぁかかってこい!」
「うるさいわねぇ、カッコつけられてんのも今だけよ!」
アズハはわずかに残った雪をかき集めて宙にばらまいた。するとその雪がアズハの顔を包んだかと思うと黒と紫の霧へと変わり、彼女をおどろおどろしい姿へと変貌させた。
漆長く伸びた前髪はアズハの表情を覆い隠し、その漆黒の鎧は魂を吸い取られてしまいそうだ。そして何より、気味の悪い霧が頭の周りを包んでいる。
「コイツは厄介な聖霊でねぇ、次々と人間の魂を喰っていくのさ、こうやってねぇ!」
アズハはちょうど目に入った、近くを通った高校生グループを指さす。
何をする気だとユウヤ達が身構えるが、アズハが指を鳴らした瞬間頭の周りの霧がひゅうううと動き始めた。そして1人の高校生を妖しく包む。
「それでさー、あのセンセーマジウザくなぁい? 電車が遅れたんだから遅刻は仕方ないじゃん」
「あの先生、よく授業忘れるのにね。その時は呼びに来なかったこと怒ってくるし」
「いやほんとそれな! マジでうっざ――」
「どうしたの、え? ハルくん大丈夫?」
「え? 何で倒れたの!? ちょっとそこの人、助けてくだ――」
1人、そして2人目。何気ない会話をしながら帰り道を歩いていた高校生が、バタン、バタンと倒れたのだ。まるで、死神に魅入られたかのように。
「おいてめぇ! 分かってんのか、やってることを!」
ユウヤが思わずアズハに殴りかかろうとするが、それも虚しくその霧は最後の1人を既に包んでいた。
「な、なんで……ハルくんにカナコ……いや、いや、いやあああああああああああああ――」
最後の一人は必死に逃げようとしたがそれも虚しく、眠るように地に落ちてしまった。あまりの非道さに、ユウヤは言葉を失う。
「……は?」
「アタシの聖霊はデュラハン。“力”の大きさ、これでわかったかしら?」
アズハは自慢げだ。さらにそこで終わることなく、倒れたカナコのカバンからペンとプリントの切れ端を取り出すと、“You will die soon!”と赤色で太く文字を書いてイチカに見せつけた。が、イチカはそれを見て逆に笑う。
「ハハハハハ! You will die soon《お前の命は消える》……フェニックスに対して面白いことを言うな!」
「おいフェニックス、人が死んでんのに笑ってる場合じゃねーぞ」
「
イチカはバサバサと翼を羽ばたかせて宙に浮く。そしてユウヤに羽根を振り落としながら指示を出した。
「そのカナコとかハルくんとかいうヤツらに、これを当ててくれ。そしたら生き返るはずだ」
「えっ? お、おう」
ユウヤは言われた通りイチカの羽を3人の高校生に当てる。するとその羽根は高校生に吸い込まれるように消えていき、やがて彼らは目を開いた。
「あれ……今のって何?」
「何だか急に意識が無くなったはず……」
「あれ? 何で倒れてんだオレ達?」
「うおおっ、マジで生き返った」
ユウヤは3人に手を貸して立ち上がらせると、すぐにここから逃げるように催促した。アズハは再び霧を動かそうとするが、イチカが炎を投げつけてそれを妨害する。
「……邪魔しないでよ、このバカ女」
「あぁ? お前を燃やし尽くすための準備運動だぜ。その体と魂だけでなく、転生という道ごとな!」
「……ならばその名前ごと消えゆくがいいわ、儚く溶ける雪のようにね」
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