第43話 ストレート押しは是か非か?

「オラオラオラオラァ! 当たったらダメだぜぇ、ガッハハハハハ!」


 ヴィアンドは次々とそのブルドーザーのようなたくましい腕を振りかざしてくる。何しろ、少なくとも190cm,100kgはゆうに超えているであろうほどの大男だ。以前、錬力術のエネルギーをその体自体に溜め込んで戦うヤツと戦った経験があるが、ヴィアンドは錬力術を使わなくともこれほどまでに、体がデカい。


 対してユウヤは小柄、成人男性の平均をやや下回る体格だ。小回りが効くという利点はあるが、得意技で攻撃しても相手にダメージを与えられないのであればただ相手の攻撃を避け続けるしかない。いや、避けなければならない。スクラップのようになりたくないならば……


「くそっ! こいつ、どれだけ殴れば気が済むんだ!」


「あぁ? お前がくたばるまでだなぁ!」


「よく飽きねぇよ、ただ闇雲に殴り続けるだけでなぁ!」


「ほぅ? そうかそうか、ならこうしてやらぁ!」


「がはあっ!」


 不覚。ヴィアンドは何と、今まで全く使っていなかった“脚”で攻撃を仕掛けてきたのだ。ただの膝蹴りのはずなのに、猛獣に突進されたかのような衝撃が胸に走る。これだけで骨が数本折れていてもおかしくない。ユウヤは弾き飛ばされ、地面に叩きつけられる。


「油断したなぁ、このクソ馬鹿が! さて、せっかくだし必殺技で首をとることにするかぁ」


「な、何を……」


 ヴィアンドは腰をかがめ、肘を折りいきむような声を出し始めた。その声は拡声器から発せられているかのようにうるさく、また今から起こる災害を知らせるサイレンのようにも聞こえる。


「どうした? トイレに行きてぇのか?」


「挑発は効かねぇぞ! そういえば、最近夏になってきたよなぁ」


「ん……何だ? 地面が、空気が、熱い……」


「これは“素晴らしいあのお方”に憧れて作った大技さ。じゃあな、ユウヤ。“宇宙そら焦がし”」


 まるで地球そのものが太陽と化したように、ユウヤのどんどん周りが熱くなっていく。ジリジリとタイルは熱され、空気はまるで火山の中……


「ぐ、ぐぁあああああああああ! てめぇ、何を……」


「すみませんねぇヒビキさん! どうやらオレが片付けてしまいそうっすわ!」


「……こっちを見るんじゃねぇ、そいつの処理に集中しろ、直ちに!」


「ヘイヘーイ……んじゃあやりますよ」


 少し不貞腐れた様子のヴィアンドは面倒くさそうにユウヤに向かってくる。そして右腕を高く上げ、ジャンプしてその腕を振り下ろしてくる。


「……っ!」


 その瞬間、全てがスローモーションに見えた。


1秒が0.1秒に、ゆっくりと、ゆっくりと景色が流れていく。


「あぁ、死ぬときって……こうなるんだな」


 ユウヤはゆっくり目を閉じた。瞼の裏には、ぼんやりとこれまでの人生の軌跡が映し出される。


「あぁ、ここは……親に捨てられたところだな。親の顔も名前も忘れてしまい、捨てられた事実しか分からないけど」


 人間って、生命って、なぜ生きてるんだろう?


「ここは小学校。もう長いこと会ってない友達、多いな……そう考えるとタケトシは腐れ縁だ」


 ゲームのように、何か使命を全うすればクリアとかあるのだろうか?


「ここは中学校、それと高校合格して家族と友達が祝ってくれてる」


 ならば、オレはバットエンド、もしくはここでやられるのが最後のイベントなのか?


「あぁ、大学入学。1年しか過ごせなかったな、普通の大学生として」


 もしくはゲームオーバー?


 

 ならばせめて……“コンティニュー”、してやる!



「やらせねぇわああああああああ!」


 ユウヤは横に勢いよく転がり、ガレキを手の支え代わりにして立ち上がる。そして叫び声を上げてヴィアンドに向かってタックルした。


「ん、ぐぉおおおお……」


 ヴィアンドはあろうことか、反撃などすらせず倒れてしまった。体格はそれぞれ超巨大なプロボクサーと平凡な学生、何と窮鼠猫を噛むことができたのだ。

 とは言っても、予想外の結果に驚くユウヤ、そしてヒビキ。ヒビキはたまらずアントに駆け寄り、問い詰める。


「おい、何があったんだ! 説明しろ!」


「す、すまんなぁ……なぜか急に全身の力が抜けて、動けなくなっちまった」


「動けない? んなワケねぇ、まだ時間は13時40分! 余裕は残ってるだろ!」


「で、でも本当に……」


(ん、これって?)


 ヒビキ達は先程から時間をかなり気にしている様子だ。それに『余裕は残ってるだろ』というヒビキの発言から推理すると、長期戦になると力を失うみたいなニュアンスだ。

 もしかすると、ヴィアンドは特定の時間以外は弱いとか、1日のうち何分間しか本領発揮できないといった弱点があるのだろうか。


 とにかく、ヒビキの気が変わって不意打ちしてきたりなどしない限り、 このままいけばアントを撃破できるかもしれない。ユウヤは腕をポキポキと鳴らしながらアントに寄っていく。


「へへへ、形勢逆転だ」


「お、おい! おいヒビキ! こいつを止めてくれよ!」


「アァ!? その図体はお飾りか、情けねぇ! これは2人の試合だっつったろ!」


「ヒ、ヒー! でも、明らかに変ですぜ! オレはまだ実力を発揮できる時間内――」


「そうだ、その通りだ! だからこそしっかりしろっつってんじゃねえかああああ!」


 ヒビキが怒鳴った。相変わらず恐ろしいが、今乱入してくるなどしないのは安心だ。さぁ、物思いに決めてやろう!


「次は2球目だな、だが今から投げるのは全てストレートだ」


「お、おい! もうさっきみたいに跳ね返すのは……」


「あぁ? もちろんいくらでもカット打ちしてくれんだろ? その腕でなあ!」


「くぁっ!?」


 なんと、ユウヤはヒビキとヴィアンドが揉めている間に無数の“タイフーンストレート”を作り出し、背後に浮かべていたのだ。ボールの山がそびえ立ち、アントを睨みつけている。

 

「ぎ、ぎ、んぎゃほーーーー!?」


「喰らえ! タイフーン・ストレート……千本ノックアアアアアアアアア!」


「ん、んがあああああああああああああ!」

 

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