第39話 哀愁のカナ

「んん……オレは一体……」

「んん……あれ? アタイ、何を……」


 ユウヤとポワソはほぼ同時に目覚めた。道路沿いの空き地の上、しばらくの間眠ってしまっていたようだ。2人は立ち上がり、服についた砂をポンポンとはたき落としながら前を向くと、お互いに目があってしまった。


「うわっ! びっくりした、まだいたのかよ!」


「それはこっちのセリフだ! それに……って! アクセサリーぶっ壊れてんじゃないのよ!」


「いや、それオレじゃねーよ! なんかお前が人魚みたいなのに変わってた時に一緒に――」


「……え、人魚って何よ!? 冗談よね!?」


 ポワソは急に何かに怯えだした。一体何に怖がっているのだろうか、それは定かではなかったが唯一引っかかるもの、それはサムの言葉だ。


ーーーーー

『だってよく見てくだサーイ! ポワソの背中辺りからは魚のような尾、ネンミからは肉食動物の牙のようなもの! 本人達も意図せず聖霊と結ばれ、そしてその力を使っていますネ』


『今でもその祠でとある儀式を行えば、その強大な力を自分のものにできるそうデス! ただ失敗すれば――』

ーーーーー


 サムの言葉を繋げると、恐らく「ポワソは望まず聖霊と結ばれており、それがうまくいかず半暴走状態になった」のだろう。ネンミのようにただ暴れるだけとまではいかなかったが、お世辞にも理性を保てているとも言えなかった。


 敵ではあるが、ポワソはかなりの美形、出会う形が異なれば片思いをしていたことだって十分ありえる。

 正直、チーム・ウェザーは憎いし、そのメンバーというだけでユウヤはその人を嫌悪する。だけれども、こんなに怯えている姿を見て、追い打ちをかける勇気をユウヤは持ち合わせていなかった。だから、少し歩み寄って、ただ言葉をかける。


「あぁ、正直お前はさっき下半身が鱗で覆われたり魚の背びれとかが生えたりしてた。だけど今、こうやって普通に会話できている」


「何言ってんの、アンタは知らないのよ! 聖霊と結ばれた者のほとんどは呪いを受け、やがて全てが崩れていく! 大怪我をしたスポーツ選手のようにね」


「ポワソ……」


「大体ね、アンタも他人事じゃないのよ。ユウヤ」


「……えぇっ!?」


 予想外。まさか、その儀式の呪いとか何とやらが他人事では無いらしい。どういうことか、ユウヤが問い返すと絶望的な答えが返ってきた。


「初めて戦った時、覚えてる? 何か翼みたいなのが生えて、アタイめちゃくちゃ怖かったんだからね、正直!」


「え? でもオレ、その儀式とか全く身に覚えが……」


「……まぁ、どっちが先に滅ぶか! 楽しみにしてるといいわ! アハハハハハハ……」


 ポワソは高笑いをしている……が、どこか顔には不安が残って見える。自分が自分でなくなっていくこと、それを自覚していることが怖くないワケがない。正直、ユウヤも同じ心境だ。だからこそユウヤはポワソを責めたてたり、強い言葉を返したりせず、対話を続けようとした。


「……なぁ、無理やり儀式を行ったチーム・ウェザーのこと、どう思う?」


「……アタイにとってのヒーローだった」


「え?」


「昔、絶望していたアタイに居場所を与えてくれた。その力があれば、色々な人を幸せにし、色々なヤツらに仕返しができると思った」


「ポワソ……」


「中途半端に綺麗事ばかり投げかけるのでなく、実際に、具体的に手を差し伸べてくれた存在。 ここが社会的に見て悪だとしても、アタイはアタイを実際に助けてくれた、その“悪”を尊敬してきた」


「そっか……」


「……だけどね」


 ポワソは目に涙を浮かべながらユウヤの両肩を掴んだ。


「今となっては、自ら輝けてるのか、ただ利用されてるのかが……わからなくて……!」


「……」


 ポワソはいつの間にか泣きじゃくっていた。何があったのかは不明だが、昔、彼女の心を打ち砕く出来事があって、そんな時にそれを打ち消すほどの力を与えてくれたのがチーム・ウェザーだったのだろう。

 だが、結果的にポワソは今、その駒として使われている。本当のところは手を差し伸べるフリをして、自らの野望を叶えるための駒になっていたのだ。

 正直、ユウヤはポワソのことを好きとは言えない。突然奇襲を仕掛けてきた存在だからだ。だが、気が付けばユウヤの口は勝手に開いていた。


「……オレ、幼少期に親に捨てられたらしいんだ」


「え、でも……」


「この家はオレを拾ってくれた人の家。まぁ、実質オレの親だな」


「……」


「もちろん本当の親のことはほとんど覚えてない、いや全部忘れてしまってる。ただ、たまに本当の親戚らしきヤツらが夢に出て罵声を浴びせるんだ。『お前は失敗作』って」


「そっか、そんなことがあったんだ」


「だからこそ! オレはこうやって今、見捨てられずにいる、んだと思う」


「……」


 カナはうつむいた。涙をこれ以上見せないためか、葛藤しているのか、それは分からない。

 カナは10秒ほど黙りこんでいる。そして、ギリギリ聞こえるかどうか程の声で、呟いた。


「……ヒビキ、明日リサトミ大学にまた来る。それも部下を引き連れて」


「……え!?」


 予想外の“果たし状”に驚くユウヤ。仕返しか滅亡か、その時がまさか、明日だったなんて!

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