第38話 禁忌の理

 あまりの衝撃に言葉を失うユウヤ。それを察したのか、サムはポワソとネンミの体に起こった異変について説明を続ける。


「聖霊を宿す方法の1つ! 全色の祠と言われる場所で儀式を行うこと! そして2つ! たまたま聖霊に気に入られ――」


「いやちょっと待って! 前職の祠って、その転職前は神主でした〜みたいなの何!」


「ホウ……知りたいようですねユウヤ! 禁忌のことわりを……」


「えぇ……」


 どこか神妙な顔で不気味なことを発するサムは小さな声で説明を続ける。


「かつて大昔、今で言う錬力術を活用して生き延びた者達がいたそうデース。そして彼らは悪魔、伝説の生き物、そういった存在とも干渉できたようで、時にその力までもを会得していたそうデス」


「伝説の生き物って、ドラゴンとかそういうのか!?」


「イエース! そして、今でもその祠でとある儀式を行えば、その強大な力を自分のものにできるそうデス! ただ失敗すれば――」


 サムは指をポワソ、ネンミの方へと向ける。予想外の物事の説明に気を取られていたが、彼ら、いやあれらは、もはや人間と呼ぶことはできない、異形へと化していたのだ。

 無論、敵ではあるがイケイケ系の美人だったポワソ。おそらくお気に入りだったであろう衣服を雑に貫いて背びれが生え、たくさん身につけていたアクセサリーは全て、どこか貝殻のような形に変形している。そして、下半身の表面がどんどん魚のウロコに染まっていく。

 ユウヤは会ったことがないが、カエデが一度戦っていたネンミ。オーバーサイズのシャツを羽織り顔は包帯で巻いており、鋭い牙を蓄え、指から生えた爪もかなり鋭いもののように見える。


「……ウゥ……アイ……オ……オエ……」

「グルルルルルル……グガアアアアアア!」


 ネンミは猛獣のような雄叫びを上げ、ポワソは異国の歌の歌詞を囁いているような様子だ。自我も知能も感じられない、まるで獣のようなその変わり様に、ユウヤは思わずショックを受けてしまった。しかし、それにさらに追い打ちがかかる言葉が耳に入ってくる。


「ポワソは言わば問題児。ネンミはプライドとずる賢さだけは高かった無能。それにあの様子、儀式が失敗したみたいですネ」


「な、何だよそれ! まさか、ずっとあのままなのかよ!」


「……えぇ。かろうじてポワソは可能性がありますが、ネンミはもう……」


 先程までの明るさはどこに消えたのか、サムの言葉もどこか曇がかかったようにとても暗い。ネンミはその場で苦しみ悶え、のたうち回っているし、ポワソの目からは雫がどんどんこぼれてくる。


「グァ、ガ、ガアアアアアア!」

「アア、アア、アアアアアアアア、イアアアアアアアアアア!」


 敵であるはずなのに、いつの間にかユウヤはこの2つの“何か”に同情していた。チーム・ウェザーのボスはここまでやる集団なのか! 許せない、許さないぞチーム・ウェザー! 右拳に力が入るユウヤの肩をポンポンと叩いたサムは、小さな声で助言をしてきた。


「……ユウヤ、同じような力を持っているでしょう?」


「なっ!? なぜ知ってる!?」


「あの2人、不完全ながらも錬力の数値が普段の10倍以上に跳ね上がってマス! ノー、それ以前に聖霊を宿した者は同じく聖霊を宿した者でないとかなり不利を強いられることになりマス、聖霊はそれぐらい強大な力を持つんですからネ」


「で、でもどうやってアレを呼び出すのか……」


「あぁ、それならこうやるんデース! ソリャッ!」


「ぐぅっ!」


 サムは突然ユウヤを手刀で気絶させた。地面に倒れ、動けなくなってしまったユウヤ。それから8秒ほど経過しただろうか、白い光が繭のようにユウヤを包み込み、そして蝶が羽化するように、繭を白銀の翼が貫き、ユウヤは浮き上がるように立ち上がった。


「オー、やっぱりユウヤはアレで間違いないネ」


 シャボン玉の表面に見える虹模様、まさにそれが翼を彩っている。光の反射により翼は消えては現れてを繰り返しており、その神々しいユウヤは一歩一歩、スラッガーが確信歩きをするようにゆっくりとのたうち暴れるポワソ達に接近していく。


「二度目ですね、ポワソさん。貴方と会うのは」

「アァ……アエ……ア……」

「その姿、セイレーンと儀式を行わされた様ですね……動かないでくださいよ」


 ユウヤはその翼でポワソを包み込み、鋭くポワソを睨みつけた。するとポワソの体にとてつもない圧力が襲いかかった。


「ア、アアアアアアアアア!」


 ポワソの体が虹色に発光しだす。そして下半身を覆っていたウロコが腐るように剥がれ始め、身につけていたアクセサリーも歪ではあるが元の形へと近づいた。


 苦しみ悶えるポワソのその声も、表情もだんだん柔らかくなっていく。半人半魚ともでも言うべきだったその姿も元通りの人間へと修復していく。そして翼を離すと、ポワソは安らかな顔を浮かべてその場に倒れ込んだ。


「オー、うまくいったみたいネ! でもネンミは……」


 サムは一瞬嬉しそうな顔を浮かべたが、ネンミを見るや否や真剣な顔つきに戻ってしまった。ネンミは何かに襲いかかることすらせず、その場でずっとのたうち回っているだけだ。


「さて、ネンミさん。申し訳ありませんがあなたの場合はうまくいくかわかりませんね、ここまで来るとなると」


 ポワソにそうしたように、翼でネンミを包み込むが、ネンミはそれでも暴れまわろうとする。ユウヤもそれを何度も何度も止めようとするが言うことを聞かない様子だ。そして終いには……


「グァ、アアアアアアア!」


 パリィィン! ユウヤの片翼をガラスのように破壊してしまった。


「…オー、マイガー……」


 目を隠すサム。温厚な口調でずっと語りかけていたユウヤも、翼を壊させた途端話すのを止め、無表情でネンミをただ見つめている。そして……


「……ロデオ


 ただ一言、そう呟いた。その瞬間、何が起こったのかネンミは空中に叩き上げられ、四方八方から殴られるように、ブレイクダンスでも踊っているかのように暴れ始めたのだ。さらに追い打ちをかけるようにユウヤは飛び上がると、何発も何発も膝や翼でネンミを叩きつける。そして指を鳴らした瞬間、眩しい光とともにどこかへと消滅してしまった。


「オー! 流石にヤバいデース!」


 サムは慌ててユウヤに近づき、背中に手刀を浴びせて再び失神させた。すると白銀の翼は消えていき、眠りにつくユウヤに戻った。


「ヤレヤレ、まだ力の制御はお預けって感じデスネ」


 そう言うとサムはどこかへと駆け、消えてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る