1章-1 リサトミ大学編

第1話 錬力術のすすめⅠ

 2059年4月某日昼頃。リサトミ大学キャンパス内は地獄と化した。様々な棟が破壊され、多くの学生が逃げ惑い、響き渡るはその轟音と絶叫。


 まさか、こんなことが起こるなんて……。今朝までのユウヤは考えすらしなかった。


ー2059年4月某日AM8:00 H県Kエリアー


 街並みは平成後期ほどからほぼ変わらない。一部、オシャレな見た目の家や公共施設は増えたが、それ以外は以前からあるものをリニューアルしながら維持している。

 そしてその中を暖かい陽光とわずかに残る風の寒さに包まれながら、1台のバスがいつも通り走る。


「ねぇ、この不沈陽しずまずって最近バズってる人、チョーカッコよくない!?」

「え、分かる! 私もよく動画見てるよ!」


「なぁ、このなんとか経済学ってやつ、履修した? 周りにいなくてさぁ」

「えっ!? それ超ムズいやつじゃね? 終わったなお前〜」


 大学に到着するまでの道のりが賑やかなのは、遠足中の小学生と、そしてこれまでの日本とまるで変わらない。子どもも大人も、何気ない風景こそ楽しく彩りたいものだ。


『まもなく〜リサトミ大学前〜リサトミ大学前でぇ〜す』


 やはり今日も変わらず、運転手の淡々としたアナウンスが響く。そして停車直前、ウィンカーと周りの荷物をまとめる音で1人の男が目覚めた。


「んぁあ……やっとこの時が来ましたかぁ」

 

 この男は鳥岡ユウヤ、リサトミ大学に通う新2回生。やや小柄。勉強は人並みにできるが情熱がない。

 だが、今日は違った。それは今日から始まる“錬力術れんりきじゅつのすすめⅠ”という講義のおかげだ。


 錬力術とは25年ほど前に発見された人体のエネルギーから様々なものを生み出す、まさに魔法のような技術である。

 しかし、なぜかユウヤは昔からこの錬力術を“ある条件下以外では”うまく扱えない。それが彼の悩みであり、この講義がその解決策となることを期待していた。


 「さて、1時間目は錬力術のすすめⅠ……これでオレも絶対に皆みたいになって、そしてモテ男になってやる」


 ユウヤはサークルや部活勧誘の列をくぐり抜けて講義室へと向かう。相変わらず学生たちが楽しそうに会話をしている中、岩田タケトシが隣の席に腰掛けながら話しかけてきた。小学生時代からずっとの腐れ縁で、ユウヤとは違って運動も勉強も得意な優等生だ。


「お、ツイストパーマに変えたんだ。なかなかいいじゃん」


「あぁ、イメチェンしたくなってさ」


「この授業で錬力術マスターすれば、モテ男間違いなしなんじゃね?」


「当たり前よ。服もトレンド意識しまくってるし」


 ユウヤはどこか誇らしげな顔を見せる。その後もお互いのことをイジりあいながら時間をすごす中、チャイムが鳴り鈴原教授が講義を始めた。


「はい、皆さんこの講義を履修して頂いて、とうもありがとうございます――」


「このレジュメ、活字が多いな……まさか初回からがっつり講義があるパターンか!?」

 

 そんな中でユウヤは錬力術の上達法だけでも覚えてやろうと、まるで砂漠からダイヤを探すかのように文章を読み漁る中、相変わらず鈴原教授はゆったりとした口調で説明を続ける。


「この講義では毎回何を学んだかを紙に書いてもらって、それを平常点5割とし――」


「術を見つけた人は……どうでもいい、歴史は……どうでもいい、早く上達法を教えやがれ、どこだ、どこだ……」


「まずこれを見つけた学者さんがですね、名前が――」


 ユウヤはこの錬力術の仕組みとか練習法だけ聞きたいのが正直なところ。時計の針が進むのが遅い、だけ聞ければそれでいい、リアルアイムを早送りできる仕組みを誰か作ってくれ! ユウヤは思った。苛立つユウヤに気付いたのか、タケトシはカバンからラムネを手渡してきた。


 ユウヤはそれをバレないように頬張ると、その時が来るまで暇つぶしをしようとスマホをいじりだすと、その時は案外すぐに来てくれた。スマホは現代のタイムマシンである。


「えー、それではこの錬力術の仕組みとコツですが、これは人体の……ん、誰ですか? 先程からこちらを見ているのは。遅刻なら早く入ってきてください」


 教授は教室の入口の方に語りかけた。そちらを見てみると、確かにフードを被った人影がうっすらと見える。誰だ誰だと講義室内に不穏な空気が流れる。


「……錬力術は現代の技術革命だと? 否、それは悪魔の所業! それを使う罪人共には天罰を」


「ん、今なんて――」

 

 謎の人影が指をパチンと鳴らしたその瞬間だった。空が煌めくと共に連鎖的に爆音が鳴り響き、さらには教室が縦に揺れ出したのだ。地震のアラートが、鳴ることはない。


「う、うわあああああ! 地震、地震だああああ!」


「おい、机の下に隠れるんだあああああ!」


 大きな、大きな縦揺れが教室を襲う。パニック状態の教室を見て、人影は大笑いする。


「アーッハハハハハ! 始末、始末始末始末始末始末、始末ゥゥゥ……あぁ、流石オレ。ラクショーに最高の花見大会を開けたぜ」


「は、花見……?」


 「花見」という言葉に違和感を覚えたユウヤは揺れが収まってきたところで机や椅子の脚にしがみつきながら立ち上がり窓の外を見る。

 ひび割れた大きな窓は、異様な光景を映していた。


「さ、桜が焦げている!」


 そう。この大学の名物である大きな桜を綺麗に真っ二つに叩き割り、そのまま焼却してしまったのだ。

 教室中の学生が一斉にその様子を見ようと窓際に集合する中、ある1人が異変に気付く。

 

「おい見ろ! 地面が、地面が大きく抉れているぞ……!」


「な、何だよこれ……! 軽く指を鳴らしただけでこんな威力を出せる奴なんて見たことねぇぞ!」


 先程まで綺麗な桜が植えられていたはずの場所には、それは大きな大きな穴が作られていた。だが、どちらかと言うとそれは隕石でも落ちたかのような大きな穴だった。


 誰もが一度は妄想したであろう「教室に不審者が現れ、自分が退治してヒーローになる」妄想、それを実行しようと動き出す者の姿は見えない。ここで見られるのは、逆にここから逃げ出そうとする者、もしくは友達を押しのけ、自分だけでも助かろうとする者だ。

 その「地獄絵図」を見て人影は何をしでかすと思いきや、今度は頭を下げながら丁寧口調で語りかけてきた。


「おおっと、驚かせて申し訳ありません。ただ、この講義は“あのお方”のご意向で……潰す使命にあります故」


 鈴原教授は察知した。この不審者には話が通じるワケがなく、それにあのどこか余裕のある姿、確実にただ者ではない。鈴原教授は先程までのノンビリ口調から豹変し、


「誰です! とにかく皆さん、後ろから逃げなさい!」


 と叫んで学生を誘導する。すると人影は不機嫌そうに舌打ちすると、指をまたまたパチンと鳴らした。その瞬間、再び閃光が講義室に飛び込んでは綺麗に屈折し、窓ガラスをバリンバリンバリイイイン!と割り、さらにドアを一瞬で焼き払ってしまった。


「おい、何だよアイツ!」

「に、逃げるぞ!」

「キャー、助けてええ!」


 ドタドタという足音、所々から鳴り響く悲鳴、逃げ惑う者からは不協和音が奏でられる。タケトシはユウヤの腕を慌てて掴み、


「おい、逃げるぞ! 早く!」


 と叫んだ。しかしユウヤの気持ちは打倒・不審者のスイッチが入っており、タケトシの言葉には見向きもしない。


「ピンチってやつだな……だが! 抑えてみせる、オレがここで……!」


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