約束

 この世界は不思議で溢れています。

 ニクバエとして生涯を終えたわたしは、アミメキリン、グンタイアリ、ハイエナ、ヒヤシンス、ショウジョウバエ、ダイオウイカなどなど数十種類の動物や植物に転生しました。

 時には捕食者としてサバンナの大地を駆け回り、時には食物連鎖の最下層として食い殺されることもありました。長寿も短命も色々と経験して奇跡的に二度目の人間──それも日本人に転生することができたのです。

 今度は奈良県で男性として生を享け、前世の記憶持ちというアドバンテージを活かした結果、天才児として扱われるようになりました。

 他の生物で雄として生きてきた経験もあるので男女の差に苦労することは特になく、順風満帆じゅんぷうまんぱんな毎日を送っています。

 そんなわたしの唯一の悩みが、

「大輔先輩、付き合ってください!」

 女子生徒からの告白です。

 嫌味のように聞こえますが別にもてようとしている訳ではありません。酸いも甘いも知っているので相手の気持ちを理解する能力に長けているだけです。

 わたしのことを好きになってくれるのは非常にありがたいです。

「ごめん。他に好きな人がいるんだ」

 ですがその気持ちに応えることはできません。

「あ……そうなんですか」

 女子生徒は肩を落として去って行きました。

 友達からと言えば少しは傷も浅かったのかもしれませんが、その気もないのに希望を持たせるのは酷だと思うので告白に関しては例外なくキッパリ断ってきました。

 ふぅ、と一つ息を吐きます。

 周りではわたしが吹奏楽部の部長と付き合っているとか、他校の生徒会長と一緒に歩いている所を見たとか色々噂されているそうですが全て嘘です。

 そういった噂話を一蹴したい気持ちはありますが、本心を語ることはできません。

 実はわたしは元々女性で大ちゃんという婚約者がいた。

 突然そんなことをカミングアウトされてもクエスチョンマークが浮かぶだけです。

 いっそのことニクバエのことも打ち明けて周りから距離を置かれるのもありかもしれません。そうすれば凪のような生活を送ることができるでしょう。

「大輔先輩」

 そんなことを考えていた矢先にまた声を掛けられました。

「ずっと前から好きでした!」

「ごめん。他に好きな人がいるんだ」

 顔すら直視していないのに反射的にテンプレートのセリフが出てしまいました。

 しまったと密かに顔を歪めると、

「大輔先輩が好きな人の名前って大輔ですよね」

 この女子生徒は何を言っているんだろう。

 頭の中で反芻はんすうしていると大輔という言葉がゲシュタルト崩壊を起こして立ち眩みがしました。

 しかし初めて告白してきた女子生徒の顔を見た時、わたしの脳が一気に過去を駆け巡ったのです。

 全てが繋がった時、自然と涙がこぼれていました。完成することはないと諦めていたパズルに、最後のピースがはまったような感覚です。

 女子生徒が優しく微笑みながらハンカチで涙を掬い取ってくれました。


「……迎えに来たよ──さき」


 この瞬間、114年と11ヶ月の苦労が報われたのです。

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fly away 二条颯太 @super_pokoteng

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