出会いと別れ

 交尾から数日が経過した頃にはお腹の中に生命が宿っているのを感じ取ることができました。今日も今日とて元気な赤ちゃんを産むために大ちゃんの体から栄養を頂いています。

 腐敗して所々骨が覗くようになった体には、とてつもない数のハエがたかっています。アパートの住人も異臭に気付いたのか時々外が騒がしくなることがあり、ここでの生活もそろそろ終わりを迎えるでしょう。

 何としてでも警察が遺体を回収する前に赤ちゃんを産む必要があります。大ちゃんに我が子の姿を見てもらいたいのと、赤ちゃんにはぜひとも大ちゃんの死肉の中で成長してほしいのです。

 そんな思いが通じたのは、赤ちゃんはすくすくと成長していきました。

 わたしのお腹は大ちゃんと同じようにポッコリと膨らみ、今すぐ出産の準備をするよう本能が訴えかけてきます。

 陣痛や破水などの予兆がなくあまりにも突然だったので少し戸惑ってしまいました。

 お肉が少ない頭から潜りやすくて柔らかいお腹に移動して出産しました。

 赤ちゃんは乳白色の体をもぞもぞと動かして新しい世界を全身で感じ取っています。

 あぁ、なんと愛おしいのでしょう。

 わたしと大ちゃんはこの瞬間から何十匹もの子を育てる親になったのです。

 ハエなので涙こそ出ませんが、自然と前脚をスリスリしていました。

 全ての赤ちゃんを産み終えたその時、わたしは発見したのです。

「ぇ、う……嘘、嘘だ……」

 一目見て他の赤ちゃんとの違いに気付きました。

 わたしと大ちゃんの遺伝子を受け継いだ以上の存在がそこにいたのです。


「大ちゃん……?」


 赤ちゃんは体をよじるだけで言葉を発することはできませんが、わたしの脳に直接語りかけてきました。


(さき──さき!)


「大ちゃん!」

 なんという奇跡でしょう。もう二度と会えないと思っていた大ちゃんに再び巡り合えました。

 輪廻転生のもとわたしという個体に選ばれた大ちゃん。これを奇跡と言わずして何というのでしょう。

 わたしはお母さんが赤ちゃんを抱きかかえるように前脚を使って優しく大ちゃんを包み込みました。

 ニクバエの成虫と幼虫になっての再会。わたしたちにとっての大切な時間はすぐに壊されてしまいました。

 アパートの扉が開いて鼻を摘まんだ管理人と警察が入ってきたのです。

「こりゃ酷いな……」

 大ちゃんの遺体を確認すると一度外に戻って防護服を着始めました。

「最後に大ちゃんと会えてよかった」

(最後……? 何言ってるんだよ!)

「わたし、もうダメみたい。体が思うように動かないの」

 どうやら出産の疲れではなさそうです。

 死ぬことに恐怖はありません。少なくとも訳も分からず突然亡くなった人間の時よりも幸せな最期だと胸を張って言えます。

「さようなら、大ちゃん」

(さきは俺を産んでくれた。今度は絶対に俺が迎えに行くから!)

「……うん。待ってる──ね」

 そしてわたしの意識は深い深い闇の中へと沈んでいきました。

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