模索

 大ちゃんの部屋で全く嬉しくない朝を迎えてしまいました。

 ただ普通に生活を送っている大ちゃんを見たかっただけなのに、まさかこんなことになっているなんて……。

 いつまでも落ち込んではいられません。わたしが生きていることを知ってもらって元気を取り戻してもらう必要があります。逆にショックを与えてしまうかもしれませんが、この状況で動かずにはいられません。

 ハエの体で証明をするにはどうすればいいでしょうか……。

 わたしは大ちゃんの耳元でやかましいほどの羽音を立てて注意を引きます。しばらくすると微動だにしなかった大ちゃんが鬱陶しそうに手で払ってきました。

 わたしはそれをするりと避けてキーボードの上に着地しました。モニターに直接文字を打てればいいのですが、ハエの力ではそれも叶いません。仕方がないのでXとGのキーの上を行き来して『さき』という名前を教えます。

「大ちゃんこっち見て、さきだよ!」

 必死のアピールも空振りに終わります。それでもわたしはめげずにメッセージを送り続けました。

 すると必死な姿をおもしろがった意地の悪いイエバエが集まってきました。

「俺たちも手伝ってやるよ」

「止めて! わたしは危険じゃないの!」

 Fに乗って刃先にしてみたり、

「止めて! わたしの名字は水上よ!」

 Xの上に乗って佐々木にしてみたり、

「止めて! わたしは岬じゃないの!

 海が一望できる景色の良い場所にしてみたりとやりたい放題でした。

 大ちゃんはそんな光景を冷めた目で見ていました。求愛行動をとっている程度にしか考えていないのか、結局メッセージには気付いてくれませんでした。

 わたしは三角コーナーに残された生ゴミにたかりながら別の作戦を考えますが、焦りが邪魔をして妙案は思い浮かびません。

 冷静になれと自分に言い聞かせますが、やつれる大ちゃんを見ていると焦燥感しょうそうかんに駆られてしまいます。

 その後の試行錯誤も空振りで、大ちゃんは立つ力すらないのかソファから全く動きませんでした。

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