第2話:見知らぬおじさんの見た夢の体験談
「こんばんは、真夜中に失礼してお邪魔しました」といって見知らぬおじさんは登也の家の中に入って、上着のジャンバーを遠慮がちに脱いだら居間の空いている椅子の上を置いた。
登也は律儀に家の中を入ったその男の様子に対し、不審の気持ちなどはだいぶ薄れる。しかし、このおじさんが見た夢というものをまだ何も明かされていない状態だ。
「それでは、おじさんの夢に見た話を聞きましょう」という登也の関心は、見知らぬおじさんに何を言われるものかと興味が惹かれる。
「突然ですが、そこで立ち止まってください。私があなたを最初に出逢ったときは、ちょうどそこの場所に立っています。そして、警戒せずにこちらを向かって無言に歩き近付いてきます」
「……こうですか?」
「実際は、そこまで歩くとき、あなたの腕は大きく振りません」
「……なら、こうですか?」
「はい、そうです」といっておじさんは満足そうに頷いた。
「ところで、おじさんの名前が聞きたいのですが」
「その必要はありません。近日中に私の家族は転勤の関係で引っ越しの目途が立ちました。それも遠くの地方で、ここからわざわざ出向くのは大変な位置のところでした」
「もうおじさんと会うことはできなくなりますか」
「そうでしたね。あなたが私と過ごせる時間を送れるのが、今夜の内だけです。だから、ここでもしあなたが私の名前を知るとしても、いずれ忘れてしまうと思います。あくまで私の立場は、見知らぬおじさんのままで結構だと思いました」
「あなたがそう思ったのでしたら……」
「この出会いの動機も私が見た夢をきっかけになりました。あなたが今日ここで語られるべきことが、今日の内だけで済ませようと思いました」
「それだったら、過去の時間に僕たちは一度でも出会えたらよかったでしょうね」
「その通りです……。さて、夢の再現の話に戻しましょうか。ここであなたは振り向くと台所に入り、お菓子箱の中身を平皿に移して戻ります」
「うちには、いくつも台所でお菓子が置かれてありますが、どれですか?」という登也は台所の中に立ち、手前のお菓子袋の一つを取り出す。
「あ、ちょうど今君のその手が持つ、赤い袋のスコーンとかを入れてあるお菓子がありますよね、それです」
「どうして、おじさんの夢の中に出てきたこのお菓子を偶然台所に用意されてあったのかは不思議だなあ」という呟きを一人漏らすと登也が、スコーンの中身を、平皿の上に移し替えて居間を運び込む。
「そうです。ちょうどその広めの皿にお菓子を移し入れると差し出してくれます。因みに、そのお菓子を私が夢の中で初めて知りました。こんなものもあるのかと思いましたよ」といっておじさんは差し出された皿の上のお菓子に手を伸ばして頬張った。
「そうか、こんな甘い味だったのか、発見がありました……」
「夢の中まで味が覚えてなかったんでしたね」
「夢の中でお菓子の味覚が感じられたものでしょうか。目が覚めてから食べたときまでお菓子の味が知らなかったのも、そういう夢だったと思ってください」
「そのお菓子を気に入って頂けて僕は何よりです」
「よければあなたも一緒に食べましょうか」
「ではでは」
サクサク、ボリボリ。
「いやー、美味しかった。私もこのお菓子をお店に探してみたくなりました」
このおじさんは本当にそのお菓子の味を大層気に入ってくれたようだった。
「夢の中でおじさんがお菓子を食べてから、どうしましたか?」
「あなたといろいろ会話をしました。そこであなたはなんと言うか、今から再現させましょう。あなたは、好きな女の子について語り出します」
「本当ですか?」
「ええ。あなたの学校で糸川綾子という名前の女の子が好きだと言います。その他にも、幼馴染の友達が家を引っ越してしまった話も聞きました」
「その理由は僕から言いますか?」
「ええ、その友達の父親が長いことハワイで働いていましたが、連絡を絶たれたのに母親は心配して、ハワイに父親を捜しに子供を日本から連れて向かっていったのだとか。父親を母親と子供が上手く巡り会えていたら嬉しい話でしたね」
「……なんでも僕の事情が知れたみたいでしたね」
「それと、あなたは両親のことについての話も語ります。ここ最近の両親の様子が変だと言います。今まで彼らが互いの方を向けあった愛情の表現を、一層過密に増してきて、様子をだんだんと変わってきて気になるようだと言います。もしかしたら、新しい赤子を産む予兆なのかもしれないと語ります」
「そんなことを俺の口が言うんですか!?」
「そうです。どれでも私が夢の中を聞いた話のままに過ぎなかった。……けれども私が夢の中をあなたに出逢って話した内容のことが、正夢のようであると信じていただけますか?」
「全て信じても良いことでしょう。あなたの言ったことは大体その通りです」
「本音を言いましょうか。おそらくあなたは私に運命の出会いを果たしたというべき状況なのかもしれません。きっと私たちの出逢いを、運命の神様がいたら計らったのでしょうね」といって見知らぬおじさんの顔が、表情を感慨深そうにしてゆっくり頷いた。
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