見知らぬおじさん

マコ

第1話:真夜中の十二時頃の出会い

 キンコーン。


 ある日の夜。土曜日。


 十歳の登也とうやは、深夜十二時近くに家のインターホンのベルを鳴って目が覚める。


 ここは十四階建てのマンションの七階である。


 登也は小学四年生の少年である。現在の彼の両親の居所は、結婚記念日で軽井沢のホテルの一室があった。従って、一人っ子の登也は、休日の一人きりに自宅を留守番中になる。


 キンコーン。


 また、家のベルが鳴り響いた。


「こんな遅くを一体誰がきたんだろう。両親を会いにきただろうか。だったら、どうして親の居留守中にここへやってきたんだろう……、不思議と言えば不思議だし、変と言えば変だな」という一人で呟く登也だ。


 彼がベッドを置き上がると廊下を通り抜け、玄関の前に立ち止まる。


 恐る恐る、ドアの覗き穴の中を見ると、そこに見知らぬおじさんの姿は一人で立った。おじさんの年齢は見た限りだと、三十代後半か四十代前半だろうか。部屋着の上に上着のジャンバーを寒そうに着たおじさんの姿を見た。その様子に登也を眠気が吹き飛ぶと、不安な気持ちを心の底から湧く。


 だが、ここで彼がおじさんの呼び鈴を無視してもまたベルが鳴らされるかもしれない。相手はまともな異常のないタイプの人間か、それとも何か危ない思想の持ち主かも分からない。登也が相手を不審者だろうかと疑いが起こる。そこで登也は心配になると、ドアを左横上にあるひっかけのドアガードを手に掛けようと伸ばす。


 しかし、その手をひっこめる。


「何かしら、一刻の猶予もなく急な用事で現れたのかもしれない。そんな人を相手に、ドアガードを掛けて扉の隙間から覗くのが不親切なことではないか……」


 結局、登也は横にドアガードを掛けずにそのままドアを開くことにする。


「こんばんは……、どちら様の用事でしょうか」


 消え入るような自信のない登也の声に、その男は穏やかな口調で答えた。


「こんばんは。夜遅く失礼でしたが、あなたを会いにきました」


「え、……僕ですか?」


「そうです。何しろ少し前まで、私は眠っていた夢の中で、あなたがこの家の中をいるところに出逢いました。その夢の続きを見ようと思って、本物のあなたに会いたくなってきました」


「夢の続き……、でしたか。これまで我が家の人と何かしらの関係を持ちましたか?」


「いいえ、あなたの家族との面識はありませんでした。ただこの家は、私の旧来の住まった家に当たります。この家をあなたたちの家族が引っ越して移り住まれる以前まで、私の家族が暮らしていました」


 旧来の居住者と言われても、この家を引っ越してきてからまだ顔も合わせたことがない相手だった。登也はこの男の顔に見覚えをなくとも、相手方の記憶の内に、自分のことを知られる可能性があるかもしれないと意識を踏まえて訊く。


「もしかしてあなたは、以前の僕に会ったことはありますか?」


「いいえ。今夜まで私が見た夢の中で、初めてあなたが家を過ごしていたところに出逢いました。それまで私があなたのことを知った機会がありませんでした」


「…………僕は一体、どうすればいいんですか?」


「とりあえず、お宅の家にお邪魔させてもらいましょうか。詳しい話は、この家の中でゆっくり語り合いましょう。私が見た夢の中で何が起きていたかを知りたくなりませんか?」


「……分かります。とりあえず家の中を外が寒そうなので上がってください。散らかっていますが、お気をなさらないようにしてください」


「本当にお宅を上がられてもよろしいですか? あなたのご両親に見知らぬ私を上がらせて心配を掛けたりしませんか?」


「ちょうど僕の両親は今、一泊二日の旅行に出てこの家の中を居ません。完全に僕は一人身の留守番な状態です。そこをあなたが立ち続けるのも難なので、どうぞ家の中へ上がってきてください」


「そうですか、それではお言葉に甘えて」といって見知らぬおじさんが玄関の内を入ってきた。


 とりあえず、少なくとも話が分かるような相手なので、この男が危険な部類の人ではないと判断する。そのために登也は家の中にこの見知らぬ男を引き上げるのだ。


 秋の終わりを予感させる寒い夜の外気だ。家の中は見知らぬおじさんにとって温かくて心地よいものだろう。


 そこから先は、登也の長く感じられる思い出の夜の始まりとなる……。


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