3-10 最強同士のじゃれあい

「ここなら誰にも迷惑にならないでしょ?」

「……」


 チェインとカーニャは今、地上の誰の目にも留まらない場所、宇宙空間の中にいる。

 彼らの頭の上では星々たちが輝き、足の下では元居た惑星の全体が見えている。

 カーニャは非常に晴れやかな表情をしているが、チェインは酷く呆れたような様子でカーニャを見ていた。

「お前なぁ……」

「あれ、まだ乗り気じゃない?」

「こんなところにまで連れてきて、一体何がしたいんだ?」

「最初に言ったでしょ? 私はあなたと戦いたいの」

 チェインはため息をつく。

「だからそれが分からないんだ。なぜ俺たちが争わなければならないんだ? あの連中を見捨てたことがそんなに気に入らなかったのか?」

「え、あの連中?」

 カーニャは目を見開いて驚いた。そして、

「ふふっ……、あっはっはっは!!」

 カーニャは手を頭に当てて大声で笑い始めた。

 チェインはその反応に理解できず、ただ困惑したまま立っていた。


 カーニャはひとしきり笑った後、息を整えて話し始める。

「ははっ、……ふぅ。あれはもう過ぎたことよ。確かにちょっと思うところはあるけど、もういいわよ」

「じゃあなぜなんだ? どうして俺たちは戦っているんだ?」

「うーーん、……」

 カーニャはしばらく上を向いて考え、そして話し始めた。


「これは戦いじゃないよ、遊びだよ」

「遊び?」

「うん。例えば、産まれたばかりの動物の兄弟って、兄弟同士ではたき合いとか甘噛みとか、よくやるじゃない。軽ーいケンカというか、じゃれ合いというか、そういう感じ」

 チェインは怪訝そうな顔でカーニャを見つめる。

「……カーニャのあれはじゃれ合いとか、そういう程度の攻撃じゃなかったが?」

「それはしょうがないわよ。だって私達、ドラゴンだよ。しかもかなり強い部類の。そこらの子犬とはわけが違うの」

 カーニャは困ったような表情を浮かべて、さらに続ける。

「まぁ、要するに、私はチェインとじゃれ合いたいだけなのよ」

「……」

 チェインは腕を組んでカーニャを見つめていた。

「俺じゃなきゃ駄目なのか?」

「……」


 突然カーニャがチェインに殴り掛かった。

 真っ直ぐ放たれた右ストレートを、チェインは手の平で受け止めた、

 ドォーン!!

 衝突による衝撃波が周囲に広がっていく。

「ほかの子たちは、みんな今ので吹き飛んじゃう。こうやって私の攻撃を受け止めることができるのは、チェインだけよ。」

 そしてカーニャは微笑み、こう続けた。

「私、嬉しいのよ。手加減なしに戦える相手がまだいたってことに。だからさ……」

 カーニャがチェインに顔を近づけて、言う。

「もうちょっとだけ、私の遊びに付き合ってくれない? ていうか、付き合ってもらうわよ」

 その直後、カーニャがチェインの顔に軽めのブレスを一息浴びせた。

 チェインは何事もなかったかのように、カーニャを見つめていた。


 そして静かに口を開き、

「……少しだけだぞ」

 一言だけ言った。

「ふふっ、そう来なくっちゃ」

 カーニャは嬉しそうに微笑むとチェインから離れ、魔法を唱え始めた。

「言っとくけど、地上で手加減してたのは、私もだからね!」

 カーニャはそう言うと、周囲から無数のエアーカッターを召喚し、チェインに向けて飛ばした。

 宇宙空間に空気なんてないって? 知らないねぇ。

 チェインは大きな翼を器用に羽ばたかせ、迫りくる無数のカッターを次々と躱していく。


 チェインはカッターの数が比較的少ない空間に入ったその時、カーニャは今チェインがいる方向にありったけのカッターを投げつける。

 比較的安全な所をわざと作り、そこに移動したところを突く戦法だ。

 チェインはそのカッターの集合体にも見える塊を前に物怖じせず、真っ直ぐに突進し始めた。

 チェインとカッターの塊がぶつかる寸前、チェインは翼を閉じて体を捻るように回転させた。

 チェインのローリングアタックによってカッターは弾き返され、塊は広がるように離散していった。


 チェインがカッターの塊を貫通し視界が開けると、こちらにまっすぐ突撃してくるカーニャがいた。

 カーニャはチェインの左腕に噛み付き、徐々にその力を強めていった。

(ぐぬぬ……、やっぱり固いわね)

 噛み跡が付くどころか、牙の1本すら通らないチェインの鱗に驚くカーニャ。

 すると、チェインが右の拳を握り締め、大きく後ろに引いた。

「!!」

 それに気づいたカーニャが腕から牙を離す。それと同時にチェインの右拳が左腕に叩き付けられる。


 若干冷や汗をかいたカーニャは後ろに飛び退き、再び魔法を唱え始めた。

 すると、カーニャの右手に手持ちのエアーカッターが出来上がり、徐々に大きくなっていく。

 そして、それはカーニャの背丈の数十倍にもなる大きさの大剣になった。

「この武器を誰かに向ける時が来るなんて、思いもしなかったわ!!」

 カーニャは非常に嬉しそうに笑いながら叫んだ。

 確かに、そんなものを地上で振り回されれば、周囲が大変なことになるだろう。

 カーニャはその剣を右手で掴むと、チェインに向けて軽々と振りかざした。

 その攻撃はチェインに避けられてしまうが、攻撃の余波がチェインの後ろに広がっていく。

「こんなに大きいと、刃物というよりは鈍器ね」

 カーニャが片手で大剣を振り回しながら、困ったように笑いながら呟く。


 一応だが、地上に影響がないように、お互いは地表と平行になるように位置している。

 なので、最初にカーニャが放った無数のエアーカッターや、今振り回している大剣の余波はすべて地表ではないどこかに飛んで行っている。

 ……飛んで行った先に別の惑星か何かがあったら、ただでは済まないだろう。


「どうしたの!? 避けてばっかりしてないで、何かしてきて!!」

 カーニャが叫びながら、チェインに向けて大剣を振る。

 カーニャの言葉に反応したチェインは、向かってきた大剣の刃を避けずに、両腕と牙で受け止めた。

 ガギィーーン!!

「うわっ!? ぐっ……!!」

 大剣を握る右腕に強い抵抗を感じたカーニャは、思わず両腕で大剣を強く握った。

「ぐおおおおお!!!」

 カーニャは雄叫びを上げながら大剣を振ろうとするが、ビクともしない。

 一方チェインは大剣の刃先を咥えるキバに力を籠め始める。

 すると大剣に罅が入り始め、ついにはバラバラに砕け散った。


 その光景を目の当たりにしたカーニャは思わず息を吞んだ。

「……凄い!」

 感嘆の声が漏れると同時に、高揚感が湧き上がってくる。

 チェインの圧倒的な強さに、闘争心を掻き立てられる。

 自分の全力をぶつけてみたくなったカーニャは、口内に魔力を蓄え始めた。口の前にエネルギー球が浮かび、徐々に大きくなる。

 その様子を見たチェインも、息を吸い込みチャージし始める。チェインの胸から生える宝石が輝き始める。

「さっきみたいに途中で止めないでね!!」

 カーニャはそれだけ言うと、口内に蓄えた魔力を一気に放出した。

「ああ、よーくその身に焼き付けな!!」

 そして、続けてチェインもブレスを放った。

 お互いのブレスがぶつかり合い、周囲に凄まじい衝撃波が走る。

 お互いのブレスは数秒の間拮抗していたが、チェインが少し力を入れたことでカーニャが徐々に押されていく。

 カーニャも負けじと全力でブレスをぶつけるが、チェインの力には及ばず、押し返すことはできなかった。

 ついにチェインのブレスが目前まで迫ったところで、カーニャはブレスの放出を止めた。

 そして両手足と両翼を広げて大の字になると、そのままブレスに飲み込まれていった。


 数十秒ほど経った後、チェインはブレスを止めた。ブレスが通り過ぎていき、カーニャの姿が現れた。

 結局カーニャは最後までずっとブレスを浴び続けていた。

 ブレスが終わったことに気が付くと、ゆっくりと目を開け、自分の身体を見る。


 そして、ガッツポーズをしながら満面の笑みでこんなことを言うのだった。

「今の、最っ高!!」

 遠くからその様子を見ていたチェインは若干引き気味だった。

「お前、やはりドMだったのか……?」

 チェインの呟きを聞いたカーニャがムスッとした表情で答える。

「人聞き悪いわねぇ、私今まで痛みとかそういうのを味わうの、今日が初めてなのよ」

「……初めて?」

 チェインが疑問をあらわにすると、カーニャがゆっくりとチェインに寄ってきた。

「私、産まれつき身体は頑丈だし、力も強いし、魔法の才能もあったの」

 カーニャの言葉にチェインが顔をしかめる。

「自慢話か?」

「そうじゃないわよ。戦いは好きだし、今まで負けたことないけど、私が強すぎて手加減しなくちゃいけないのよ。ちょっとだけ格闘技の先生やってた時もあるけど、子どもに手を出してクビになっちゃった」

「……そうかい」

 笑いながら話すカーニャに、チェインは呆れたように言った。

「ずっと探してたのよ。私が全力で戦っても大丈夫な相手をね。でも全然見つからないから……、なんか、寂しかった」

 チェインのすぐそばまで来たカーニャが、チェインの手を握る。

「寂しかったの、チェインもじゃない?」

 チェインが怪訝そうにカーニャを見る。

「俺が? なぜ?」

「だって、私よりずっと強いじゃん。私みたいに寂しかったんじゃない?」

「お前と一緒にするな。俺にはダークがいるんだ。寂しいなどと思うことはない」

「でもさ、普段からすごく世間体を気にしてるみたいじゃない。さっきみたいに遠慮なく戦うことってなかったんじゃない? どう、少しは楽しかったんじゃない?」

 カーニャが首をかしげて聞いた。

 チェインは胸元から生えている宝石に目を向ける。宝石はいつも以上に輝いていた。


「……悪くはないな」

 チェインの言葉にカーニャが嬉しそうに笑みを浮かべる。

「でしょ! それじゃあ、続きやろっか!」

 ゴスッ!!

 戦いの再開を勧めてきたカーニャはチェインに強めに殴られ、さらに首を握りつぶす勢いで掴んだ。

「言っておくが、今俺たちは仕事中のはずだぞ。これ以上依頼主を待たせるわけにはいかない」

「──っ!! ──っ!!」

 カーニャは必死に暴れるが、チェインの手を振り解くことはできなかった。

「いい加減帰るぞ、いいな」

 チェインは首を絞められ話せなくなっているカーニャを開放すると、地上へと降りていく。

「かはっ!! ……え? もしかして、まだ手加減してたの……?」

 カーニャは、チェインのまだ見ぬ力の可能性に戦慄を覚えながらも、一緒に地上へと降りていった。

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