3-9 喧嘩勃発

 腕を組んだ状態からほぼノーモーションで繰り出された裏拳。それはチェインの鼻先に直撃した。

 チェインは表情を変えることなく、首の筋肉だけで受け止めていた。

「何のつもりだ?」

 チェインがカーニャを睨みつけて言う。

「くふふ! なーんだ! めちゃくちゃ強いじゃない!!」

 カーニャが満面の笑みを浮かべながらしゃべりだす。

 そしてカーニャはチェインの前に立ち、尻尾を左右に小さく振りながらこんなことを言うのだった。

「ねぇねぇー、少し喧嘩しようよー」

「はぁ??」


 困惑するチェインのことはお構いなしに、カーニャが尻尾を大きく振りチェインに叩きつけた。

 チェインはカーニャのしっぽを両手でつかみ、そのままカーニャを投げ飛ばした。

「お前にかまっている余裕はない! 帰るぞ!」

 チェインが国のほうへ飛ぼうとすると、何かがチェインの左腕に巻き付き、引っ張られてしまう。

「何!?」

 見ると、それは魔法で作られたロープ。

 カーニャの手から生み出されたロープがチェインの左腕に巻き付いていた。

「逃がさないわよ。……おっと」

 カーニャが不敵な笑みを浮かべていると、チェインが腕に巻き付いたロープを引っ張った。

 カーニャは特に逆らわずに引き寄せられていき、チェインの目の前まで来た。


「何をしても無駄だ! 諦めろ!」

「つまり。何やっても受け止めてくれるってことね?」

 カーニャの言葉にチェインが心底呆れた表情を見せる。

「そうじゃない! 今俺たちは仕事中なんだぞ!」

「仕事なら終わったじゃない」

「終わってない! これから帰って報告しないといけないんだ!」

「もー、バカ真面目ねぇ」

 カーニャが笑いながら顔をすり寄せてくる。


「危機は去ってるんだし、ちょっとくらい遊んだって大丈夫よ」

「ふざけるな!」

「それにさ」

 ドゴンッ!

 突然カーニャがチェインの胸を殴った。

 結構な勢いで殴っているが、チェインは微動だにしていない。

「私ね、今すっごく暴れたいのよ。こんなんで国に帰ったら何するか分からないわ」

 そう言うカーニャの目はギラついていて、心なしか息も荒くなっている。

「……そうかい」


 次の瞬間、チェインがカーニャの顔を横から殴った。

 その勢いでカーニャは横に飛ばされるが、すぐに態勢を整えてチェインを見る。

「やったわね……!」

 カーニャはにたりと笑いながら言った。その表情はどことなく嬉しそうだ。

「安心しろ、すぐに終わらせる」

 チェインがそう言って手招きをする。

「ふふっ、言っとくけど、私、かなりしつこいよ……!」

 カーニャがそう言った瞬間チェインに突撃し、チェインの首元めがけて左手で手刀を繰り出した。

 チェインがその手刀を右腕で防ぐと、カーニャがその腕を掴み下に捻る。続けざまに鼻先を狙い右腕で殴る。

 しかしチェインもそれに反応し、左手で拳を受け止める。

 するとカーニャは防がれることをわかっていたかのように、間髪入れずに右足を真上に振り上げた。

 両手が塞がっているチェインは避けられずに、カーニャの蹴りは顎の下に衝突する。

 もろに食らってしまっているが、チェインの頭は微動だにせず、ただカーニャを平然な顔で見据えるだけだった。


「すごっ。ちょっとはひるんでくれると思ったんだけど」

 カーニャが目を見開いて、驚きと同時に感心した様子で話した。

 するとチェインはカーニャの足を左手で掴み、上に放り投げた。

 上下逆さになってしまったカーニャだが、根性で体を捻り、チェインに向けてしっぽを振るった。

 チェインもそれに合わせて尻尾を振り、お互いのしっぽが激しくぶつかり合った。


 ほんの一瞬の硬直の後、カーニャがチェインのしっぽの突起部分に自身のしっぽをひっかけ、そのまま引き寄せた。

 引き寄せると同時に腕を引き、チェインの腹に向けて右ストレートを放った。

 チェインはそれを回転するように回避すると、カーニャの後頭部目掛けて手刀を振り降ろした。

「い"っ!?」

 手刀を食らってしまったカーニャは信じられないような表情を浮かべ、チェインから距離をとる。


「ちょっと!! 今の攻撃、下手したら死ぬわよっ!!」

 カーニャがチェインに抗議すると、

「お互い様だろ」

 チェインが自分の顎を下から小突きながら言った。

 カーニャは自分たちの下に敷き詰められている雲の塊を一瞬だけ見ると、

「ったく、今のでちょっと頭クラクラ……」

 カーニャはそう言うと、体の力が抜けたかのように雲の中に落ちていった。

「……」

 チェインは少し考えた後、落ちて行ったカーニャの後を追う。


 すると、雲の中からチェインに向けて刃物のようなものが飛んできた。

 チェインがそれをツメで弾くと、立て続けに刃物が飛んできた。

「まだやる気か……」

 チェインが鬱陶しそうに呟くと、刃物を避けながら、時には弾きながら降下していき、雲の中に入っていった。


 チェインが雲の中に入ると、飛んできていた刃物は止み、辺りは静かになっていた。

 チェインは雲の中で静かに佇み、目を閉じて周囲に意識を行き渡らせる。


 背後からカーニャが襲い掛かってくる。

 カーニャの両手には、自身の魔法で生み出したエアーカッターが握られていて、今チェインに向けて振り下ろそうとしている。

 チェインは素早く振り向き、カーニャの攻撃を1本のツメで迎え撃った。

 カーニャの十字切りの交点ととチェインのツメがぶつかり合い、甲高い音が鳴り響く。

「おっ!? 良いなぁ、そのツメ!!」

 カーニャが感心した様子で言いながら、手持ちのカッターでチェインに切りかかる。

 チェインは手のツメ8本を器用に使いながらカーニャの斬撃をいなしていた。

 そして、チェインが斬撃の僅かなスキを突きカーニャの肘を強めに小突いた。

 するとカーニャの腕が反射的に曲げられ、持っていたカッターが顔の前に向けられる。

「!? あぶなっ!」

 カーニャの腕が顔に当たる前、カッターを手から離したため、顔が傷つけられることはなかった。

 改めてカッターを生成しなおしチェインに向きなおるが、チェインの姿はなくなっていた。


「かくれんぼ? 良いよ!」

 カーニャはとにかく動き回り、チェインを探し始める。

 すると、カーニャの左隣から何かが近づいてくる気配を感じた。

 カーニャは余裕そうに薄ら笑いを浮かべ、接近してくるそれをカッターで突き刺した。

 しかし、それはチェインではなく、チェインの気配だけを纏った幻影だった。

 カーニャは目を見開き、今の自分が隙だらけであることに焦りを感じた。

 そして、自分の真下から近づくチェインの存在に即座に気がつき、身を翻してカッターで防御に回る。

 チェインは目の前に差し出された2本のカッターに向けて、自身のツメを振りかざした。


 カーニャのカッターは細切れになった。

 カッターの破片が落ちていき、空中で分解されていく様子を、カーニャは驚いた表情で見ていた。

 自分のエアーカッターが、こんなにも容易く切断されるとは思っていなかったからだ。


 驚きと同時に湧き上がるもう一つの感情。

 カーニャは不敵な笑みを浮かべると、真上に飛び去って行った。

 チェインもカーニャの後を追うために、大きな翼を羽ばたかせ、舞い上がる。

 徐々に雲が薄くなっていき、視界が広がっていく。チェインはその先にある光景を見て息を呑んだ。


 そこにあったのは、ブレスを放とうとしているカーニャだった。

 カーニャの口の前にエネルギー球が浮かび、徐々に大きくなっていく。

「おい、馬鹿! やめろ!!」

 チェインが叫ぶと同時に、カーニャはチェインがいる真下に向けて紫色のブレスを放った。

 チェインはあからさまに嫌そうな顔をした。

 もしもこの状況で避けてしまうと、ブレスは地上に到達し大きな被害を齎すだろう。

 それを阻止するためにはこちらもブレスで対抗するしかない。

「仕方ない……」

 チェインは少しだけ息を吸い、口を大きく開いて水色のブレスを放った。

 チェインの周囲にあった雲が衝撃で吹き飛び、丸い穴ができた。

 チェインのブレスはカーニャのブレスを軽々と押し返していく。

 カーニャのところにブレスが到達した辺りでブレスを吐くのを止めた。後ろをチラッと見たあと、すぐにカーニャのところへ飛んで行った。

 ブレスに飲み込まれたカーニャだったが、身体に傷はついてなかった。

 それどころか、カーニャはどこか物足りなさそうにしていた。


 チェインはカーニャのところに着くと、真っ先にカーニャの首を鷲掴みにした。

「おい馬鹿!! 地上に向けてブレスを撃つな!!」

「うん。分かってるよ」

 チェインの言葉を聞いたカーニャは、悪びれる様子もなくこう言った。

「何!? 分かっているならやめろ!! 地上にまで迷惑をかける気か!?」

「だって、迎え撃ってくれると思ったから」

「……?? どういうことだ?」

 チェインは困惑していた。カーニャの思考を理解することができなかったからだ。


「私ね、チェインのブレスが欲しかったのよ。でも、チェインってバカ真面目でしょ? 短い付き合いだけど分かるわ。こうでもしないとブレスしてくれないと思ってね」

「……それだけのためにわざわざ俺にブレスを吐かせたのか?」

「うん! でももうちょっとブレス欲しかったかな。気遣ってくれたんでしょうけど、私は平気よ」

 カーニャの発言を聞いたチェインはため息をついた。

「……自分で言う事ではないが、俺が本気を出すと地上に影響が出るんだ」

「へぇ、すごいじゃん」

「そうじゃない。俺はそれが嫌なんだ」

「そっか。それじゃあ……」

 すると、カーニャがチェインの腕を掴み、こう言った。

「誰にも迷惑にならないところに行こっか」


 カーニャはそのまま上空に飛び上り始めた、

 チェインもカーニャに引っ張られるように登っていく。

 彼らから見た地上の景色はどんどん小さくなっていき、やがて地球の輪郭が見え始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る