3-11 甘やかし上手

「チェイン。もしかして、カーニャと戦ってた?」

「!!!??!!!??!?!?」

 ディークに突然聞かれたチェインは、無言で大げさな反応を示していた。

 隣で聞いていたカーニャも驚いていたが、チェインの分かりやすい驚きぶりに苦笑していた。


 チェインたちが元居た国に帰ってくると、依頼主に怪獣を討伐した旨を伝え、報奨金をたんまり受け取った。

 ディークたちが待っている宿に向かう途中、カーニャがチェインにお金が必要なら今回の報奨金をすべて差し出すと言ってきた。

 しかし。チェインも別に金には困っていないということで、この話は流れた。

 そして、チェインたちは宿につき、ダークがチェインに抱き付いていると、ディークがチェインに聞いてきたのだ。


「えっと、ナンノコトカナー?」

 カーニャがとぼけるように言うが、誰が見ても分かってしまいそうな動揺の仕方だった。

「カーニャ、観念しろ。ディークに隠し事はほぼできない」

「……すごいわね」

 チェインが諭すように言うと、カーニャが感嘆の声を漏らす。


「え? 父ちゃん、こいつと戦ったの?」

 ダークがチェインにハグしたまま聞いた。

「ああ、そうだ」

「勝ったよね!?」

 ダークは必死になって聞く。

「……途中で帰った」

「ていうよりは、途中で私が降参したのよ」

「ん? そうだったか?」

「そういうことにしておきなさい」

 チェインとカーニャのやり取りを見たダークが怪訝そうな表情を見せる。

「……つまり、どういうこと?」

「チェインめちゃくちゃ強かったよ。私じゃ全く敵わないわー」

「ほんと!? へっへーん、父ちゃんの強さ思い知ったか!」

 カーニャの言葉を聞いたダークが誇らしげに言う。

 チェインは鬱陶しそうな表情を見せ、ディークは静かにほほ笑んでいた。


「ところで、よく分かったわね。何食わぬ顔で帰ってきたつもりだったのに」

 カーニャがディークを見ながら話しかけた。

「なんかもう、見た目で分かっちゃって」

「見た目?」

「たぶんさ、チェインのブレス食らったでしょ? それがまだ身体に残ってるよ」

「え!?」

 カーニャは自分の身体を見つめた。しかし、腕やしっぽ、翼まで確認したが、出発前と変わらない綺麗な姿のままだった。

 チェインもカーニャの身体を見るが、特に異常は確認できなかった。


「えっと、どこに残ってるの?」

「そりゃもう全身に」

「……ごめん、どういうこと?」

 カーニャが困惑した様子で尋ねると、ダークが話し始めた。

「ディークさぁ、オイラたちには見えない何かが見えてること多いんだよ。たぶんそれじゃね?」

「あー、それかも」

「……どう見えてるんだろう?」


「ところでさ、どうして戦ってたの? ケンカ?」

「ケンカだね。私が吹っ掛けた」

 ディークが聞くと、カーニャがあっさり答えた。

「あーー、なるほどね。今まで互角に戦える相手がいなかった感じ?」

「ちょっと! 察しついてても敢えて聞いてきなさいよ!」

「え?」

 ディークは突然のことに驚いていた。

「お話し上手は知らないフリが上手なのよ。覚えておくといいわ」

「……?」

 ディークはあまり理解できていない様子だった。


「私が本気出すと国の1個や2個吹き飛ぶからね。そんな私の相手ができるのは、チェインだけよ」

 カーニャとチェインの目線が合う。

「……ここでは暴れるなよ?」

「ふふっ、流石にそこまでバカじゃないわよ」

 カーニャが控えめに笑いながら話し始める。


「昔にね、力に溺れたドラゴンが起こした大事件があってね。その日以来、私は力の使い方には十分気を付けてるのよ」

「!!」

 カーニャの言葉に、この場にいたドラゴンが全員顔を上げた。

 その様子に気が付いたカーニャが少し驚く。

「ああ、ドラゴ──むごっ……」

 ダークが何か言おうとしたところを、チェインが口を塞いで止めた。

「まさか、あなたたちも生き残り?」

「……まぁな」

 カーニャの問いにチェインが答える。


 ……辺りに静寂が広がる。この場にいる誰もが、神妙な面持ちでたたずんでいた。

 窓からは月が見えていて、夜の街をほんのりと照らしていた。


「酷い話よね。たった1匹のせいで、関係ない私たちも迫害されるなんてね」

「それだけドラゴンは影響力が高いってことだ」

 カーニャの言葉にチェインが返事をする。

 カーニャからは悲しそうにしているチェインが見えた。カーニャは薄ら笑いを浮かべてチェインに歩み寄る。

「辛かったわ。出会う動物すべてが敵なんだもの。襲われても返り討ちにはできるけど、でも、違うでしょ?」

「そうだな」

「チェインは、辛かった?」

「……死にかけた」

「……そう。やっぱり孤独って、死に繋がる病気なのね」

「それもだが、その時の俺は、今のカーニャより弱いぞ」

「あら、そうなの?」

 カーニャが驚いた様子でチェインを見る。

「……最初から強かったカーニャとは違うんだよ」

 チェインが嫌味たらしく言う。


「……でも、今は生きてるじゃない」

 カーニャがチェインの肩を組んで話しかけた。

 チェインは若干不審に感じたが、特に振りほどきはしなかった。

「しかも、めちゃくちゃ強くなってるじゃない。私、チェインが生きててすごくうれしいの」

「……」

 チェインが疑うような表情でカーニャを見る。

「そんな顔しないのー! 私がケンカ相手を探してたっていうのはあっちで話したでしょ? チェインがいなかったら私まだ孤独のままよ」

 カーニャはそう言うと、チェインをそっと抱き寄せる。

「ほんと、ありがとね。色々と。あの時は辛かったでしょうけど、よく頑張ったね」

 チェインは困惑していたが、カーニャの蛇腹と腕の温かさが身体に伝わるにつれて、だんだんと気持ちが軽くなっていく。

「……どうも」

 チェインが短く返事をすると、カーニャはゆっくりとチェインの頭をなで始めた。

 チェインは全く抵抗することはなく、1回だけ軽く頬ずりをした。


「……父ちゃん?」

「……!?」

 チェインはダークの声掛けで我に返り、かなり焦った様子で後ろに飛び退いた。

 カーニャの抱擁から逃れたチェインだったが、代わりに後ろにあったベッドで足を躓き尻もちをついてしまった。

 目を見開いて、頬を染めているチェインに対して、

「あら、意外とかわいいところあるじゃない」

 カーニャはからかうように笑い、

「甘えたがりのチェイン、久しぶりに見たかも」

 ディークはやや驚いたように言う。

 チェインは次第に恥ずかしさで歯を食いしばり、顔を赤くしていき、

「出ていけ!!」

 カーニャの胸元を割と本気でぶん殴りながら怒鳴った。

「はいはい。ふふっ」

 カーニャはチェインに何度も殴られつつも、楽しそうに笑いながら部屋から出ていった。


 カーニャが部屋から出ていった後も、チェインはドアを睨みつけながら息を荒くしていた。

 そんな様子を見ていたディークが口を開く。

「なかなか手強いね」

「……」




「……しばらく会うのは控えてあげる。またいつか会いましょ」

 カーニャは月の光に照らされながら、国を後にするのだった。

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