3-6 討伐準備

「怪獣ですって!?」

 カーニャが驚きの声を上げる。

「あの! お静かにお願いします! 他獣に聞かれると混乱を招いてしまいます!」

 タカが慌てて注意すると、カーニャははっとした様子で自分の口を押さえ、頭を軽く小突いた。

 一方チェインたちは特に驚いた様子は見せずに、ただその場に立っているだけだった。


 カーニャは可能な限り身を低くした。その結果、下あごと腹が床につくようなうつぶせの姿勢になった。

 さらに、カーニャの身体の大きさに対して部屋が狭いので、尻尾は背中の上に乗せる形となっている。

「それで、怪獣は今どこにいるの?」

「あの、楽な姿勢で良いですよ」

 そんな姿勢で話すカーニャに、タカが言った。

「このほうが話しやすくて楽なのよ」

「……左様ですか」

 笑顔で答えるカーニャに、タカはこう言うしかなかった。


「しかし、これから話す内容は極秘情報です。申し訳ありませんが、席を外していただけませんか?」

 タカがカーニャを見ながら言う。

「……だってさ。一回出て行ってもらえる?」

 カーニャはチェインたちを見ながら言う。

「あのさ、出て行ってほしいのはカーニャのほうじゃないの?」

「え、なんでそうなるの?」

 ディークの言葉にカーニャが困惑した表情を浮かべる。


「あの、席を外していただきたいのはカーニャさんです」

 そんなカーニャにタカが容赦なく言い放つ。

「そんな!? 私へ──!! ……(小声)私への依頼じゃないの?」

 カーニャは叫びそうになったのを途中でこらえて、小声でタカに話しかけた。

「あなたが怪獣を……?」

 タカが呆れた表情を浮かべる。

「カーニャさんは怪獣の恐ろしさを知らないのですか? 下手に首を突っ込むと死にますよ」

「あなたこそ私の実績を知らないの? 怪獣くらい何度か倒したことあるわよ!」

 こう訴えるカーニャを、タカは疑り深い目で見ていた。


「……少々お待ちを」

 タカはそういうと、身に着けていたポーチの一つから四角い箱のようなものを取り出し、自身の顔の横にあてた。

「フモフ、今どこにいるのですか?」

『今宿が見えてきたところです! あと10秒くらいで着きます!』

 タカがその箱に向かって話しかけると、箱からかすかに声が聞こえた。

 本当にかすかである。今タカがやっているように耳のそばに近づけなければ、普通の動物には聞こえないほどの音量だった。

 ただし、"普通の"動物にはだ。箱から聞こえたフモフと呼ばれるその声は、カーニャとチェイン、あとディークにも聞こえていた。

 さらに、その声の主に心当たりがあるようで、チェインは静かに顔を上げ、カーニャは静かに笑い、ディークはじっとタカの持つ箱を見つめていた。


「まったく、高いところを嫌がって徒歩で来ようとするからそうなるのですよ」

 タカが呆れた様子で箱に話しかける。

『先輩こそ地面を走れるようになってくださいよー』

「無理言わないでください。私は骨格的に地上を走るのに向いていないのです。それより、今あなたに確認したいこ──」

『はいはい今宿に入るところですから会話終わりますよ』

 このような会話のあと、タカは持っていた四角い箱を元のポーチの中にしまった。


「今から私の連れが来ます。もうしばらくお待ちください」

 タカはそう言って、通路のほうを見る。そして10秒後、通路からキツネが走ってやってきた。

 見覚えのあるキツネだった。チェインたちが入国する前、チェインとカーニャを見て感動のあまり失神していた、高いところが苦手なあのキツネだった。

「はい! ただいま到着──、って、カーニャ様ぁあ!? なぜここに!?」

 そのキツネはカーニャを見るなり文字通り飛び跳ねて驚いていた。


「また会ったね、フモフ。チェインとお話ししてたところだったのよ」

「はわわ! カーニャ様に名前で呼ばれた! ……ってええ!? なじぇ私お名前を知っていゆのでしゅかあ!?」

 フモフと呼ばれたそのキツネは、名前で呼ばれた感動と驚きのあまり若干ろれつが回らなくなっている。

「そこの先輩とのお話聞こえてたの」

 カーニャが説明すると、タカが例の四角い箱が入ったポーチを見た。

「あのっ! ハグしてもよろしいですか!?」

「うん、いいよ!」

 カーニャが即答すると、フモフがカーニャの顔に飛びかかった。

 そのとき、タカがフモフの喉元に翼を突きつけ、フモフの動きを止めた。


「今失神されては困ります。フモフには確認したいことがありますからね」

「ンキュウ、何ですか?」

「失礼ながら、私はカーニャさんのことをご存じあげておりません。このかたは、怪獣退治に向かわせても問題ない実力者ですか?」

「そりゃあもう全然大丈夫ですよ! もしかして、今回はカーニャ様に向かわせるのですか?」

 フモフは期待に満ちた目でタカに聞いた。

「いえ、その、私の決定で要らぬ犠牲が生じてしまうことが怖いのです」

「だから私は大丈夫だって! ないと思うけど、ヤバくなったら逃げるし」


 タカは羽を組みしばらく考えた後、チェインのほうを向いて聞いた。

「チェイン様、カーニャさんを怪獣退治に同行させてもよろしいですか?」

「あ、決定権なすり付けた。……いてっ」

 小言を言ったディークがダークに殴られた。

 チェインがカーニャの顔を見る。その表情からは、相当な自信と少しの緊張を感じることができた。

「邪魔はするなよ?」

「分かってるわ」

「よし、良いだろう」

 こうして、怪獣退治にチェインとカーニャが出動することとなった。


「ていうか、留守番はどうなるの? ここになるの?」

 ダークがチェインの足元に来て言った。

「そうだな。なに、すぐに帰ってくる。宿の延長の心配はない」

 チェインはダークの頭をなでながら言った。ダークは嬉しそうな表情を浮かべる。


「大丈夫だと思うけど、気を付けてね」

「ああ、行ってくる」

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