3-5 ムードブレイカー

「騒がしいやつだったな」

「でも、面白かったよ」

 ディークたちはとある宿の一室の中にいた。

 部屋はだいぶ広く、2.3mほどの大きさのチェインでも体を伸ばして寝ることができる。

 一方、小さいディークとダークにとっては広すぎる空間ではあるが、特に不満を漏らすことはなかった。


「父ちゃんの前で最強を名乗るなんて10万年早いんだよ」

 ダークはいまだにカーニャへの不満を漏らしていた。

「俺のことを知らないなら、それまでだ」

 チェインが冷静に答える。

「そもそもチェインって有名になりたがらないじゃんか」

 ディークが茶化すように言う。

「余計な期待を持たれて失望させるくらいなら、最初から名声なんかなくて良い」

「ふーん、女々しいね」

「殴るぞ」

「ごめん」

 ディークはおどけた様子で謝った。


「でもさ、カーニャって実際、最強って自分で言えるほどには力はありそうだよね」

「……そうなの?」

 ディークの言葉にダークが疑問をぶつける。

「うん、チェインも気づいてるよね?」

「……ん? 何のことだ?」

「あれ、気づいてないかぁ……」

 ディークは意外そうな表情を見せて、続ける。


「ドラゴンジャーにブレスを撃ったのは覚えてるでしょ。あの時、あの一撃で全部終わらせるつもりだったんでしょ?」

「ああ、誰かさんに邪魔されたがな」

「うん、それが重要なんだ」

「……重要? 邪魔されたっていうのがか?」

「"邪魔された"っていうよりは、"邪魔できた"のほうかな」

「……! なるほどな」


 ディークの言葉を理解したチェインの目つきが厳しくなる。

「あ、もうわかった?」

「えっと、どういうこと?」

 まだ理解できていないダークが聞いた。

「あの時チェインのブレスは、ドラゴンジャーのあれ(名前忘れた)を貫通して、あの5匹をまとめてドッカンしようとしてたんだ」

「それは分かる」

「チェインのブレスは多少横槍が入ったところでそう簡単に止められないのもわかるね?」

「まぁ、父ちゃんだもん」

「でも、カーニャのブレスはチェインのを止めることができた。つまり、あの二つのブレスはほぼ同じ威力だったんだ」

 ディークの言葉にダークが青ざめる。

「……つまり、父ちゃんとあいつって、同じ強さなの?」

「それはまだわかんない。チェインのあのブレスも本気じゃないんでしょ。かといって、カーニャのブレスが本気だったともまだ言えない。確かめたいなら、実際に戦ってみるしかないかもね」

「……」

 部屋が重たい空気に包まれる。


「あれ? どうしたの?」

 場の空気を読み取ったディークが不安そうに聞いた。

「父ちゃんより強いやつがいるって、信じたくない」

 ダークはしゅんとして言った。

「いまさら何言ってるのさ。バーディーじいさんだってチェインより強いし、なんならダーク──」

 ディークがそこまで言ったとき、チェインが目にも止まらぬ速さでディークに接近し頭をぶん殴った。

 そしてすぐに、宿の壁に向かって吹っ飛んでいくディークを空いている手で受け止めた。

 チェインはディークを自身の顔の前に持ってくると、

「その話は禁句だと言ってるだろ」

 睨みつけて言った。喉の奥から唸り声も聞こえてくる。

「そうだった……、ごめん……」

 ディークは涙目になりながら謝った。


 チェインがディークを手放すと、ディークは器用に着地した。

「はぁ、やっちゃったなぁ。彼女も来てるのに」

「……え?」

 ディークの言葉にダークが反応した。チェインは無言で扉のほうを見る。

「カーニャ、ちょっと前からそこにいるよね」

 ディークが部屋の扉の方へ話しかけると、

「……あのねぇ、今そのムードで私が入っちゃダメでしょ」

 扉の向こうからカーニャの呆れたような声が聞こえてきた。

「……ダメ?」

「ダメ、ムードブレイカーめ、そんなんだから嫌われてたんだよ、いい加減学習しろ緑トカゲ」

 ダークがディークのことを緑トカゲ呼ばわりしていると、

「俺は構わん、入ってこい」

 チェインが承諾した。

「父ちゃん!?」

「ちょうど、ディーク以外に、話し相手がほしかったところだ」

 チェインが遠回しにディークをディスっていると、カーニャがゆっくりと部屋に入ってきた。


「お邪魔するね」

 3mを超えるカーニャにとってこの部屋は若干狭く、少し頭を下げる態勢になっている。

「何しに来た」

 チェインがカーニャを見据えて聞いた。

「もう一回チェインたちに会いたくてね。まだちょっと話し足りなくて。よいしょ」

 カーニャは扉をゆっくりと閉めると、その場に腰を下ろした。

「チェインって、結構モテるほうでしょ」

「くっ!? な、なんだよ急に!?」

 チェインが明らかに動揺する素振りを見せた。

「だって、体つきも良いし顔もイケメンだし鱗もきれいだし、さっきの話ちょっと聞いちゃったんだけど実際強いんでしょ? チェインみたいなオスドラを彼氏にしたがるメスドラって結構いるからね。実際私も、ちょっとぉ、惚れちゃってるし」

 カーニャが頬を染めながら話した。

「……はぁ、そうかい」

 チェインはそっぽを向きながら短く返事した。ダークはその様子をにやにやしながら見ていた。


「ところで、宿に泊まるくらいだから、観光に来たんでしょ? 良かったら私が案内できるわよ」

「……悪いが、1泊したらここを発つつもりだ」

「あら、もしかして日帰り?」

「仕事だ」

 チェインの答えにカーニャが首をかしげる。

「仕事って、また運送?」

「詳しくは言えない」

 カーニャは顔を触りながら次の話題を考え始めた。

「……ん?」

 するとディークがダークに耳打ちをし始めた。

「懐かしいな。まぁ、しばらくそれでお願いな」

 ダークはそう言うと、カーニャのほうを向いて話し始める。


「世界各地の仕事を拾って回ってんだ。要するに何でも屋」

「ああ、そうだったの。さっきの運送もそのうちの一つってわけね。で、その中には秘密の仕事もある感じ?」

 再びディークがダークに耳打ちをし、ダークが話し始める。

「ちょうど次の仕事が秘密の仕事だから、これ以上は言えないんだ」

 ディークとダークの耳打ちのやり取りをカーニャが怪訝そうな表情で見る。

「うん、お仕事のことは分かったんだけど、その耳打ちは何?」

 カーニャの問いかけにダークが答える。

「ダークフィルター。ディークがしゃべったことを場の空気を乱さないように変えてオイラが代弁してる」

「あー、なんか分かるかも。私も何か変なこと言って怒らせちゃうことあるもん」

「ディークは昔はマジで酷かったんだからな! 今はだいぶマシだけど」


 ダークの愚痴を聞いたディークはムスッとした表情を作り、カーニャはわずかに笑みを浮かべた。

「私も昔のことになると他獣のことは言えないわね。あちこち暴れ回ってて出禁になった格闘場がいくつあるか数えられな──」

 カーニャはここで話すのをやめ、申し訳なさそうに目をそらす。

「この話はダメだったね?」

「気遣いはいらない」

 チェインが声をかける。

「そうは言っても、さっきの聞いちゃったらねぇ。そうだ、お腹すいてない? 私、近くのおいしい店知ってるのよ」

「メシッ!?」

 カーニャの食べ物の話題にダークがすぐさま食いついた。

「うん! なんなら奢ってあげる。お金余ってて使い道に困ってたし」


 するとディークが再びダークの耳打ちをし始めた。それを見たカーニャは静かにダークの返答を待つ。

「それ言わなくて良くね?」

「え、なんで!?」

 しかし、ディークの言葉はすべてフィルターされてしまったようだ。カーニャも驚いた様子を見せる。

「奢ってくれるって言ってんだから、素直に聞いてれば良いし、オイラたちが金出すのは足りなくなってからで良いんだよ」

 ダークが小声でディークに話していると。

「お金の心配は要らないわ! 金貨10枚(約6万円)くらい平気よ!」

 カーニャは自慢げに言った。


「金持ちだなぁ、てか、ディークの耳打ち聞こえてんの?」

 ダークが怪訝そうにカーニャに話しかける。

「うん、『金貨10枚分くらい平気で食べちゃうけどお金大丈夫?』って言ってたわよね?」

「ダークフィルター意味ねーじゃん」

 ダークが呆れたように言った。

「良いだろう。案内頼む」

 チェインが立ち上がりながら言った。

「ありがと! それじゃ行こっか!」

 カーニャが部屋から出ようと扉を開ける。


「え?」

 カーニャは驚きの声を上げた。扉の前に、先ほどのタカが立っていたのだ。

「盛り上がっているところ、誠に申し訳ないのですが、非常事態です」

 タカが重々しい口調で話し始めた。


「怪獣が現れました」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る