2-10 知恵ある者の苦労

「ガァアアーー!! 助かったよ父ちゃん! はぁー王子ってやっぱめんどくさー……」

 夕焼けと海水が見える空の中で、チェインの頭に乗ったダークが火を吹きながら安堵の声をあげる。


「俺もなるべく穏便に済ましたかったのだが、もうあれ以外に手段が思い付かなかった。海の者たち、本当に申し訳ない……」

「いやいや父ちゃんが謝まることじゃないさ、それにしても父ちゃんかっこよかったぜ! いやほんとありがとー!!」

 ダークはチェインにしつこく頬擦りをする。チェインは少々鬱陶しそうにしているが、特に拒絶することなく受け入れていた。


「……というか、ダークが脱走したと聞いて様子を見ていたが、なぜ王子と一緒にいたんだ?」

「王子が一緒に脱走しようって言うからさぁ」

「王子が? なぜ?」

「これ以上王子の事情に巻き込みたくないって言ってたなぁ」

「うむ……、数時間しかあそこにいなかったが、かなり複雑な事情を抱えていそうに見えたな」


「脱走したがりの王子と幽閉したがりの女王、どっちが勝つんだろうね?」

「幽閉って……。俺もああは言ってみたものの、女王は考えを改めてくれるのだろうか……」

 チェインが空を飛びながら呟く。

「うーん。どっちが良いとかは言えないかなぁ……。オイラが王子やってたときも色々制限あったし……」


「ダークはどうだったんだ? 外に出してくれたか?」

「全然。出るときは絶対変装してたし、護衛もいたし、何なら影武者もいたぜ」

「護衛? ダークに護衛は要らないだろ?」

「影武者には要るだろ? それに、オイラだけ護衛がいなかったらそれでバレるよ」


「……大変だな。ガンナーのときのようにうまくいかないか」

「ガンナーはただの家族だったし、王子ほど複雑じゃないよ」

「なるほどな」


 チェインは抱えているディークを見た。まだ水が残っているせいか、固まったままだ。

「……ディークなら、どちらが良いか、分かるだろうか? 」

「うーん、分かりそうだけど……、くくっ」

「ダーク?」

 ダークが少し笑みを浮かべて、続ける。


「『それは女王と王子が決めることだよ』とか言いそうだな」

「……ははっ、確かに言いそうだな」


 次第に、ディークたちが元いた砂浜が見えてきた。

 チェインはすぐそばまで滑空すると、砂地を足のツメでひっかきながら着地した。

「ふぅ、やっと帰ってこれた……」

 ダークがチェインの頭から飛び降りた。


 チェインは目の前の光景をさらっと眺める。

「……なるほどな」

「父ちゃん?」

「ディークは恐らく、あそこにいたのだろう」

 チェインが指を差したその先には、砂で作られた城の模型があった。


「ああ、ディークが作ったんだ。相変わらずうまいなぁ」

 ダークは砂城の出来栄えの良さに関心していた。

「ディークの足跡が所々あるが、海に繋がっているものが一つもない」

 チェインが砂浜にできた大小様々な形の足跡を見て言った。


「……あれ? じゃあ、ディークはどうやって海まで来たんだ?」

「恐らく、リクガメ共に担がれて運ばれたんだろう」

「あーー、それなら足跡は残らねーか」

 ダークは海に繋がっているほうの足跡を見た。


「それじゃ、海につながってる足跡は全部リクガメのやつか」

「いや、よく見れば、ウミガメの足跡もあるな」

「え、そうなの?」

「探してみるか?」

「よ、よーし。探す!」

 ダークは足跡の形を崩さないように気をつけつつ、一つ一つじっくりと観察し始めた。


「えーーと、……あ、これかぁ! だいぶぐちゃぐちゃだなぁ……」

 ダークが見つけたのは、細長い三日月のような足跡だった。上から複数のリクガメの足跡が被さっていて、輪郭はかなり崩れている。


「あの城にはリクガメは数匹いたが、ウミガメは俺が見た中では1匹しかいない」

「その唯一のウミガメが王子かぁ。じゃあやっぱりディークの言った通りだったんだ。……ディークが王子を誘拐したって話は何だったんだ?」

「さぁな」


 チェインはふと横を見た。

「あれがディークが言ってたやつか……」

 そこには不自然に掘られた大きな穴があり、その隣にはくり抜かれた砂が盛られていた。

「やっぱあれのこと? 父ちゃんが作ったクレーターって」

 ダークが意地悪そうな顔で聞くと、チェインは目を細めて夕焼けに照らされた海のほうを向いた。


「……もう暗くなってきたな。ここで休むか?」

「あー、話そらしたー。あのことが気になるのは分かるけど、ちょっと自重しすぎじゃないのー?」

 ダークがチェインの目の前に来て、茶化すように言った。

「またドラゴン狩りが始まるのは懲り懲りだ。同じ轍を踏みたくない」

「生真面目だなぁ、父ちゃん」


「旅行先で物を壊してみろ。弁償だけじゃ済まない。信用も失うんだ。信用が限界まで下がった結果がドラゴン狩りだ」

「いつも言ってるけど、あれって父ちゃんのせいじゃなくない? 誰かバカなドラゴンが何かやらかした結果だって聞いたけど」

「確かにそうだが、ドラゴン狩り関係なくとも信用はあったほうが良い。わざわざ下げる必要はないんだ」

「まぁ、そっか」


 ダークは砂地をペタペタと歩く。

「今日はなんか色々あって疲れたぜ。ただサーフィンしてただけなのに。……あれ?」

 ダークが呟くと、はっとした様子で海のほうを見た。

「あっ! サーフボード!!」

「あっ!?」

 チェインが慌てた様子で声をあげる。

 ダークが乗っていたサーフボードは、まだ海に残されたままで、今も海上のどこかを彷徨っているのだ。


 チェインが海のほうを向き膝を曲げ、翼を大きく広げて全力で飛び出そうとして、

「……」

 動きを止めた。

「ククッ。父ちゃん、大丈夫だよ。どうせオイラしか見てないんだから」

 ダークが微笑みながらチェインに語りかけた。

 チェインは恥ずかしそうにダークを一瞥すると、ゆーっくりと飛び上がり、海の上からサーフボードを探し始めた。


「「……やっぱり、借りたものは返さないとな」」

 ダークが砂浜の上で、チェインが水面の上で、同じことを呟いた。

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