2-9 別れと課題

「みんなボクを見ると『早くお城へ戻りなさい』って口うるさくなるんだ」

「そりゃそうだ。お前王子なんだろ?」

 王子とダークは通路を進みながら話していた。


「一国の王子って結構大事にされがちなんだよ。何かあったら大変なんてもんじゃねぇ」

「でもボクはもっと外の世界を見て回りたい! いろんな種族、そして海の中だけじゃなく陸のお城へも行きたい!」

「それはオイラじゃなくて女王様に言いな。あと、陸の城に行くなら北は絶対にやめとけ。死ぬぞ」

 王子が目を輝かせ、ダークは少し呆れていた。


「あ、そろそろ出口だよ! ……あっ!?」

「王子!?」

 狭い通路を抜けた先には、運の悪いことにちょうど見回りのワニがいた。


 王子は急いでそのワニを引き寄せ、小さな声で話しかけた。

「ちょっと!? 持ち場を離れて何やってるのさ!?」

「王子こそ、そいつを連れて脱走などとは何事ですか!?」

「これ以上ボクの面倒事に巻き込まないようにしたいんだよ」

「王子はまだそのようなの権限がないでしょう? 勝手なことはなさらないでください」

「今回だけっ! 良いでしょ?」

 王子がヒレを合わせて頼み込む。


 その様子を見た番兵が諦めた表情で言う。

「……もう遅いと思われます」

 番兵の視線の先、王子の背後には、大勢の魚類と女王様が王子たちを取り囲んでいた。

「……やばっ」

「あ、女王……」

 ダークが小さく呟き、王子が苦笑いを浮かべた。


「罪を侵した身でありながら脱走とは度し難い。さらに王子をも利用するとは言語道断。早急に捕らえよ」

 女王様がそう命令すると、イルカやサメなどの大型の魚類がダークたちを取り囲んだ。そのなかにはシャチのポーもいた。


「ようよう、さっきぶりだなぁ」

「あっ! さっきの誘拐ヤロー!」

 ダークはポーを指差して叫んだ。

「誘拐? 何の話だ?」

「お前、オイラをここに無理やり連れて行くきただろ! やってること誘拐じゃねーか!」

「それを言うなら、その緑のやつも王子を誘拐しただろ」


「え? ディークがボクを誘拐!? なんでそんな話になってるの!? 女王! また何吹き込んだのさ!?」

 ポーの言葉を聞いた王子が叫んだ。

「別に、妾は──」

「出たっ! 女王の『別に』が! 隠し事してるときはいっつもそう言う!」

「ええい、煩わしい。まずは王子らを捕まえよ。話はそれからじゃ」

 女王がそう言うと、周囲の魚類たちがダークを捕らえようと突撃してきた。


「うおぉ、やべぇ!!」

 ダークはサメたちの攻撃をかわそうとするが、重くなっているディークを抱えたまま泳ぎ回るのはかなり無理があった。しかも相手は魚類、動きも速い。あっという間に距離を詰められる。


「観念しろっ!」

 イルカがダークに突進したそのとき、横から王子がイルカを突き飛ばした。

「王子!? 何をなさるのですか!?」

 周りにいた魚類が驚いて叫んだ。

「この子たちはもう許してあげてよ! ここにいるつもりもないみたいだからさ!」

「サンキュー王子!」

 王子がイルカたちを引き止めている間、ダークはディークを抱えて泳ぎ去ろうとしていた。


「逃がしはせんぞ」

 しかし、ダークの前に女王様が立ちふさがった。そして、持っている杖を軽く振ると、ダークの周囲に渦潮が発生し、ダークを閉じ込めた。

「うわっ!? うぐぐ……、何でもありかよ……」

 ダークは身動きが出来ずに悪態をつく。

「この場所にいる以上、ここの掟に従ってもらう。もう一度檻に戻るがいい」

 女王様がそう言ってダークに近づいたその時、


「もうやめてよ女王!!」

 王子が横から入って来た。女王様は動きを止める。

「何をする。何故そこまでしてこの者を庇うのじゃ?」

「ボクはただ陸の生き物たちとも友達になりたいだけなのに、女王はいっつも乱暴に扱うから逃げてくんだよ!」

「じゃが、こ奴は王子に危害を加えたのじゃぞ。罰を与えて当然じゃ」

「あれくらいじゃなんてことないよ!」

 王子と女王様が口喧嘩をし始める。


「やっぱさぁ、護衛付きで外に出した方が良いんじゃねーの? あと女王様、王子のことが大事なのはよく分かりますが、王子の気持ちも汲み取られた方がよろしいのではないでしょうか?」

 そこにダークが口を挟むが、

「罪獣は黙っておれ」

「あーはいはい、ごめんよ」

 女王様に一蹴されてしまった。


「ボクだって自由に外に出たいんだよ!」

「王子としての勉学もあるというのに遊び呆けるつもりか?」

 そして再び王子と女王様の口喧嘩が始まる。

 周囲の魚類たちは何も手出しが出来ずにその様子を見守っている。

 そしてダークは固まったディークと一緒に女王様の渦潮に閉じ込められたままでいる。


「えっと、オイラいつまでこのままなの? ……あっ」

 ダークが何かに気がついたそのとき。ダークの前を何か黄色い彗星のようなものが横切った。

 その衝撃で海水が揺れ、魚類たちがバランスを崩す。

「うわわあ!?」

「ぐっ、何事じゃ!?」

 女王様が顔をあげると、そこにはチェインの姿があった。片腕にダークとディークを抱えている。

 先ほどまでダークを閉じ込めていた渦潮は、バラバラになり発散していた。


「……お主、何のつもりじゃ?」

 女王様は真剣な表情でチェインを見つめ、杖を構えて守りの体制に入っていた。

 チェインは身体を翻し、顔だけ魚類たちに向け、海水によく通る声で言った。


「私はダークさえ戻ればそれで良い。貴女方のことは、貴女方で決めたまえ!!」

 そしてチェインはダークとディークを抱えたまま、海上へと飛び去った。

 一瞬でその場からいなくなってしまったチェインを、周囲の魚類達は見送ることしかできなかった。

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