2-5 ダークの罪状

 別の場所の、とある一室。床の半分が海水で浸かっている牢屋に、ダークは1匹寝転んでいた。

 牢屋の中は薄暗く、窓から差し込む光がわずかに室内を照らすだけだった。


「……ヒマ」

 ダークは大変退屈そうな表情で仰向けになり、ただ天井を眺めていた。

「地面に頭ぶつけるし変な奴らに閉じ込められるし、最悪だよ」

 ダークは小さく呟くと、狭い牢屋の中で寝転がりうつ伏せになった。上を向いた小さな羽をパタパタと羽ばたかせる。

 ダークは腕を目の前に組み、そこに顔を埋めた。腕の上から覗く目は虚ろだった。

「……さびしい」


 ダークがひとりごちていると、水面がわずかに揺れだした。

 ダークが顔をあげた。数ミリ程度のゆっくりとしたわずかな揺れだったが、ダークはその変化に気付き、水面のほうを見る。


 すると、牢屋の向こうの水面からニシキゴイが顔を出した。

「来い、お前に会いに来たやつがいる」

 ニシキゴイはこう告げ、牢屋の扉を解錠した。

「うん、父ちゃんでしょ? 黄色いドラゴンの」

 ダークが言うが、ニシキゴイはただ黙ってヒレで招くだけだった。


 しばらく水中を泳ぐことおよそ3分。ニシキゴイはダークを透明な壁がある部屋に連れ込んだ。透明な壁の向こうにも似たような部屋が隣り合っていた。

 まるで一つの部屋を透明な壁で仕切ったような空間。どうやらここは面会室のようだ。


「しばしここで待て」

 ニシキゴイは一言だけ言い、ダークとともに部屋で待つ。

「ねぇ、水から顔出してて大丈夫なの? 息できる?」

「……」

 ダークがニシキゴイに訪ねるが、返事はなかった。

「……まぁ、大丈夫ならいいよ」

 ダークは前を向き直し、静かにチェインを待つことにした。


 それから4分ほどが経ったとき、透明な壁の向こうにある水面からチェインが顔も出した。

「父ちゃん!」

 ダークは嬉しそうに声をあげ、透明な壁にひっついた。

「ダーク、静かにしてたか?」

 チェインが水から上がりながら問いかけると、

「うん、ずっとおとなしくしてたよ!」

 ダークは元気よく答えた。


 すると、チェインの後ろから女王様も姿を現した。

「あっ……」

 ダークは女王様の姿を見ると、そのまま釘付けになってしまった。


「ダーク?」

「あ、……。えっと、あれ誰?」

 チェインが声をかけるとダークは我に返り、女王様を指差して聞いた。

「この城の女王様だそうだ」

「へー、キレイだなぁ……」

 ダークは頬を赤く染め、ぼそりと呟いた。


「……罪獣ごときがそんな目で見るでない、穢らわしい」

 対する女王様は鬱陶しそうにダークに吐き捨てる。

「いや、だからさ、オイラが何やったってんだよ?」

「王子様に危害を加えたためと聞いているが?」

「王子? 誰だそれ?」

 チェインが知っていることを話すと、ダークが怪訝そうに聞いた。


「お主、こ奴が何をしたのか知っておったのか」

「ちょうど現場にいたという魚から聞いた。それで、実際はどうなんだ?」

 チェインが女王様に聞く。


「妾は現場にいなかったが、聞いた話では、突然こ奴が水上から現れ、王子に頭突きをして怪我を負わせたそうじゃ」

「王子に頭突き……?」

 女王様の説明を聞いたチェインはダークを睨んだ。

「……え? あの時オイラにぶつかったのって、その、王子?」

 ダークは驚いた様子で聞き返す。

「ダーク、はしゃぐのは良いがちゃんと前を見ろ」

「いや、だって、地面だと思ったから」

「王子と地面をどうやったら間違えるのじゃ?」

「……、ごめん。水に潜ったとき、目、閉じてたかも」

 ダークが申し訳なさそうに言うと、

「目を閉じて泳ぐ奴が何処にいるのじゃ? 危険極まりないじゃろ」

 女王様は呆れたようにため息をつく。


「ダークは水中で目を開ける練習をしたほうが良いな」

「飛び込むときに目を開けてると痛いんだどぉ……」

「目を閉じるのは水面に顔が当たる瞬間だけで良い。飛び込んだらすぐ目を開くんだ」

 チェインがダークに視界を確保したまま入水する方法を教えていた。


「もっとも、目を開けたまま飛び込むのが理想ではあるが」

「痛いって、それ」

「目を開けたまま入水なんぞ、トビウオやイルカでもやっておるぞ」

「オイラを魚と一緒にしないでよ」

 女王様が横槍を入れてきた。


 そしてダークを見つめてこう言う。

「それにな、この国の王子が傷を負うということは、この国そのものが傷を負ったことに等しいのじゃぞ。それがどれほど大変なことか、分かるかの?」

「分かるけどさぁ、そもそも──」

「もっともだ。本当にすまなかった」

 反論しようとするダークを遮り、チェインが謝罪をした。


「これは私の監督不足でもある。しっかり責任は取ろう。怪我を負ったというのであれば手当てをする」

「父ちゃんやさしー」

「ダークも手伝うんだぞ」

「あっ、うん」

 チェインに睨まれたダークはおどおどと返事をした。


「……」

 女王様が黙ったまま目をそらした。

「女王様?」

 その仕草に気がついたチェインが声をかける。

「詫びがしたいというのであれば、王子を捜してくれぬか? 実は、現在脱走しておるのじゃ……」

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