2-4 世話やきアザラシのルアーさん

 ヒュモー城内部、この建物には応接室や待合室のような用途を持つ部屋がないらしく、代わりに中央の広間に案内された。


 周囲の壁には他の部屋や廊下に繋がる扉のない出入口が所狭しに散らばっている。かなり上のほうにもあるが、ここは水中なので泳いで行ける場所ではある。


 女王様が振り向きチェインに声をかける。

「しばしここで待たれよ。息子に会わせる手筈を整える」

「わかった。急に押し掛けてすまない」

 チェインが返事をすると、女王様は数ある通路の中から一つ選び、その中へ入って行った。


「……お前は行かなくて良いのか?」

「お前の監視だよ、ったく」

 シャチはチェインからだいぶ遠いところ、壁に背びれが付きそうな場所で、チェインを真っ直ぐ見つめて返した。


 チェインはそんなシャチのことは気にせず女王様を待っていると、別の通路から1匹のアザラシが現れた。

「ん? あ、あれ? どなたですか?」

 アザラシがチェインの姿を視認すると、戸惑いの声を上げた。


「私は──」

「おいバカっ! 話しかけるな!」

 チェインが名乗ろうとした瞬間シャチがアザラシをかっ攫い、チェインから引き離した。


「えっ? ちょっと、ポー? どうしたの?」

「あいつ怒らせるとこえーんだよっ! さっさと帰れ!」

「ええ? 大人しそうだけど?」

 ポーと呼ばれたシャチはチェインに聞こえないようにアザラシに囁くが、当のチェインにはすべて聞こえている。先程のことを忘れたのだろうか?


 チェインがポーとアザラシに近づくと、

「くっ、来るんじゃねぇ!!」

 それを察知したポーが振り向き前に出る。

「……私はチェイン。先程ここに連れて来られた黒いドラゴンの父親だ」

「……ああ、なるほど。なんとなく事情を把握しました」

 アザラシは納得したような笑顔を見せ、何度も小さくうなずいた。


「僕はルアーと申します。こちらはポーです」

「……」

 ポーは警戒心むき出しのままチェインを睨みつける。

「ポー? それはお客様に向けるような態度ではないですよ?」

「はは、とことん嫌われたようだな」

 ルアーがポーを叱ると、チェインが笑みを見せた。


「……何かあったのですか?」

「私がここに立ち入ったとき、真っ先に出迎えてくれたんだ。少し小競り合いがあったがな」

「そうでしょうね。……おや? あなた、どこにも傷はないようですが……?」

「私は大丈夫だ」


 ルアーがチェインとポーを交互に見る。その視線に気付いたポーがルアーに話しかける。

「こいつつえーよ、マジで」

「ポーがこれほどまで怯えるなんて、相当なかたのようですね」

「いつもは違うのか?」

「はい! この子ったらちょっとイライラしたらすぐ物にあたるせいでこっちは修理にヒレを使わされる毎日なんですよ〜」

 ルアーがはきはきと愚痴をこぼし始める。


「急に生き生きしやがって、このバカアザラシ……。お前のミスの後始末をしてんのは誰だか分かってんだろうなぁ?」

 ポーがルアーにヒレを差し睨みつける。


「誰かさんみたいに女王様のベットの上でお漏らしするような失敗はしてませんー」

「あれは俺がまだガキだった頃の話だろーが! つーかお前もお前で賊にちょっかいかけて殺されかけてたくせに!」

 曝露大会を始めた2匹だが、その口調はどこか楽しげだった。


「仲が良いんだな」

 その様子を見ていたチェインが微笑みながら言う。

「そんなわけねーだろ!」「そんなんじゃないです!」

「「あっ……」」

 2匹は同じタイミングで同じような言葉を発し、お互い気まずそうに声を漏らす。


「はは、やはりな。ポーがルアーを庇うのを見てなんとなく分かってたさ」

 チェインが2匹を見据えて話しかける。

「はぁ? 俺そんなことしたか?」

「あら、私の前に出て『来るな!』とか言ってたじゃない」

 ルアーがポーに顔を近づけて説明すると、

「あ、いや、あれは……」

 ポーは恥ずかしそうに目を細めた。


「正直、かっこいいと思ったぞ」

「ぐっ……、このやろ、黙れぇ!」

 チェインが茶化すように言うと、頭にきたポーがチェインの首に噛み付いた。

 ポーは割と本気でチェインの首を噛み千切ろうとしているが、チェインは何でもないことのように平然と立っていた。


「え、ええ? ポーに噛まれて平気だなんて、どういうことなの?」

 ルアーが驚きの声をあげる。ポーは何度も噛み付いていたが、やがて諦めてルアーの側に引き返した。


「はぁ……、コイツがどんだけヤバいか分かったか? くそっ、かってぇ……」

 ポーがあごをさすりながらチェインを見据える。チェインの首には噛み跡一つ付いていない。


「まぁ、ここで暴れたりはしないから安心しろ。……息子が無事な限りな」

 チェインが冗談めかして言うと、

「さらっと怖いこと言うなって。息子なら大丈夫だっての」

 ポーが怯えながら言った。


「息子さんのこと、相当大事にしていらっしゃるのですねー」

「ふふっ、違いないな」

「あははっ」

 チェインとルアーはお互いに顔を合わせて笑い合い、ポーも小さく笑った。


「水を差すようで悪いのじゃが……」

 いつの間にか戻って来ていた女王様が、チェインたちの頭上から声をかける。

「あ、女王様」

「息子に会わせる手筈が整った。ついて来なさい」

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