2-3 シャチ? 脅威じゃないね
チェインはカンパチに連れられて、刑務所と呼ばれた場所の近くに着いていた。しかし、それは刑務所のような見た目ではなく、王族が住むような豪華な建物だった。陸の建物でいうと城と同じようなものだが、外見は大きな岩山のような形をしていた。先の尖った岩肌が水面に向かって真っ直ぐ伸びている。周囲に城壁のような囲いはなく、建物には大きめの入口が一つあるのみだった。
カンパチは途中で進むことをやめ、チェインに声をかける。
「ここが、あなたの息子が連れて行かれた場所です。すみませんが、私はこれ以上中に入れないのです」
「そうか。……今更だが、俺は入って良いのか?」
チェインが振り向きながらカンパチに尋ねる。
「……本来は何匹たりとも侵入は許されていないのですが、あなたは止めても行くおつもりなのでしょう?」
「まぁな。案内ありがとう」
それだけ言い残し、チェインは建物に真っ直ぐ泳いで行く。
カンパチはその後ろ姿を見送り、その場を去った。
チェインが建物に向かっていると、その中からシャチが現れ、チェインに向かって突進してきた。
「……」
チェインは黙ってその場で止まる。シャチはチェインの目前にまで到達すると、水中で急ブレーキをかけ静止した。
お互いの顔の鼻先が触れそうなほどの近さで睨み合う。
「ここに連れ込まれたという黒いドラゴンに会いに来た。私はその父親だ」
チェインの声を聞いたシャチは少し驚いたように顔を引き、チェインの周りを泳ぎ始めた。
「……陸の生物のくせに、泡を出さずに喋れるのか」
「何か不都合でもあるか?」
「ふん、関係ないな。俺の役目は侵入者を始末することだからな!」
シャチは言い終えた直後、チェインの尻尾に噛み付いた。
(ん!? か、硬っ!?)
シャチはそのまま噛み砕こうと顎に力を入れたが、その牙はチェインの鱗に刺さりすらしない。
するとチェインは尻尾をシャチごと振り回し、地面に叩きつけた。
「あがあっ!?」
チェインは尾に食いついているシャチを振り払い、もう一度話しかける。
「お前に用はない。あがらせてもらうぞ」
チェインはシャチを無視して建物へ向かうが、シャチは体制を整えて再びチェインに突撃してきた。
「そう簡単に行かせねぇよォ!」
シャチはチェインのすぐ後ろに迫ると、後頭部めがけて尻尾を振り落とした。
その打撃は命中し、衝撃で海水がかき混ぜられる。
しかしチェインは微動だにせず、シャチの攻撃を受け止めていた。
「……は?」
シャチが唖然としていると、チェインはシャチの尻尾を掴み真上に放り投げた。
ザッパーン。シャチの身体は水面から高く飛び上がり、やがて空中で止まった。
「……???????????」
突然の出来事に困惑するシャチ。そして徐々に落下し始め、大きな水柱とともに水中へと戻っていった。やっと身体の自由が効くようになったシャチは海底を見下ろすと、チェインは再び建物へ向かっていた。
「やべぇ、早くやっちまないと女王様に叱られるっ!」
シャチが再び攻撃を仕掛けようとチェインに突進した、そのときだった。
「待ちなさい」
ある声が、シャチの動きを一瞬で封じた。
「なっ、女王様!?」
「……」
シャチとチェインがその女王様という存在を見る。下半身は魚で上半身はキツネ、青を基調とした体色で、アザラシのような毛が生えている。頭には鋭い二本のツノがあり、手には綺羅びやかな宝石が埋め込まれた杖を持っている。
その女王様は一瞬でシャチに詰め寄った。
「妾は要件を聞きに来いと命じたはずじゃが、なぜ呑気に手合わせなんぞしておる?」
「そ、その……、要件は聞いたのでいつも通り始末して差し上げようと──」
シャチが言い終える前に、女王様は無言でシャチを杖で小突き始めた。
ゴスゴスゴスゴス……
「痛い痛い! 痛いですっ! でもなぜですか!?」
シャチは涙目になりつつも女王様に抗議した。
「要件だけ聞いて始末することはなかろう。お前は相手を始末することしか脳がないのか?」
女王様は更に力を強めつつ、シャチを叱った。
「ごめんなさぁぁぁあい!! だからもう許してくださぁぁぁあああい!!!」
シャチが大声で許しを請うと、女王様はシャチを小突くのをやめ、チェインのほうを見た。
チェインはその場で留まり、女王様とシャチの様子を静かに見ていた。
女王様はチェインに近づくと、穏やかな口調で話し始めた。
「妾の使いの者がご迷惑をかけてしまい、申し訳ありません。して、このヒュモー城にどのような要件でしょうか?」
「ここに連れ込まれたという黒いドラゴンに会いに来た。私はその父親だ」
「父親……?」
女王様は怪訝そうな表情でチェインの周りを泳ぎ、その身体をまじまじと見る。
「本当に父親? あ奴とは似ても似つかないのですが?」
「血が繋がっている訳ではない。事情があって、私が父親として面倒を見ている」
「……息子の名前を言ってみろ」
「ダーク」
「ふむぅ……。良いだろう。付いてきなさい」
女王様は手招きをしつつ、ヒュモー城に向かっていく。チェインもそれに付いていく。
すると、シャチが女王様の側に近寄り、小さな声で話し始めた。
「良いのですか? 余所者を城に入れるなんて……」
「……」
女王様はシャチを横目に見ながら答える。
「ただ、彼の不興を買ってはならぬ。妾の勘がそう言っておる」
「女王様? それはどういう……?」
「別に……。長年の経験による判断じゃ。今は静かにしておけ」
「ったく、生意気な陸の生物め……」
「……お主にはもう一つ言っておくことがある」
「はっ、何でしょう?」
「この話、聞こえておるぞ」
「!?」
シャチが慌ててチェインのほうを振り向く。するとチェインは自身の爪を弾いてみせた。
キーンと金属のような音がはっきりと水中に響く。チェインの爪は海上からの光を反射して綺麗な光沢を写している。
シャチは恐怖で身震いをした。先程までその鋭い爪をこちらに向けてこなかったことが幸運のことのように思えた。
「……少しは離れぃ、暑苦しい」
いつの間にか女王様にピッタリくっついていたシャチは、女王様に杖で軽くつつかれていた。
城に入る直前、女王様が振り返りチェインに尋ねる。
「ところでお主、息継ぎはしなくて良いのか?」
「ああ、まだしばらく大丈夫だ」
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