1-6 未知の景色

 次の日、ディークたちは日の出とともに目覚めた。

「ふわぁー、おはようダーク」

「おう、ディーク。おはよ」

「あっ、おはようございます」

 ラティもディークたちに挨拶をした。

「いつもならもう出発するんだが、ディークが駄々をこねて1日伸びたからな。今日はどうしようか……」

「おはようございます。昨晩は眠れましたか?」

 チェインがディークを見つつぼやいたとき、昨日のラクダがテントに入ってきた。


「あぁ、一応。ところで、何か用でしょうか?」

「今晩はあなた方の歓迎会を開こうと思いまして、その報告に伺いました」

「歓迎会!?」

 ダークが目を光らせて声を上げた。

「ええ、場所は夜に案内するので、その時はここにお集まりください」

「よっしゃあ! 楽しみだなぁ!」

「ふふっ、それではまた」

 ラクダはそう言うと、テントから出て行った。

「ディーク、やっぱ1日伸ばして良かったな!」

「え? あー、そうだね」

「それでも夜までは暇だな……」

 チェインが腕を組んで呟いた。


「あの、みなさん。私、案内したいところがあるのですが、よろしいですか?」

 ラティが控えめに顔を覗かせて言った。

「ん? どこに行くの?」

「それが……、私も行ったことがないんです」

「はぁ?」

「そこは、とても深い崖になっていて、先が見えないんです。崖の底には何があるんだろうって、前から気になっていて」

「なるほどな。……っていうか、それって案内じゃなくて、ラティが行ってみたいだけじゃんか」

「ええ、そうですね」

「そう言うダークもちょっとは興味あるんじゃなーい?」

「キョーミおおあり」

 ここまでの話を聞いていたチェインが立ち上がった。

「まぁ、良いだろう。他にすることはないからな。……だが、先に言っておくが、何もない可能性のほうが高いぞ」

「分かりました」

「そうと決まれば早速行こうぜ!!」

 こうしてディークたちはラティの案内で目的地へと向かった。


「うわっ、深いなぁ。マジで何も見えないぜ」

 ダークは崖の下を見て言った。確かに底は見えず、暗い闇が広がっているだけだった。

 崖は国の外れにあり、歩いて1時間ほどの距離だった。まるでボーリングのように、巨大なストローのようなもので砂漠をくり抜いたような光景が広がっていた。

(注: ボーリングとは球技のことではなく、地質調査の手法のことである)

「これは崖というより穴だな」

「さて、この下に向かいたいのですが、チェインさんとダークさんは飛べますよね」

「あっ……、オイラ飛べないんだよ……」

 ダークがうつむいて言った。

「え!? でも、その羽は……?」

「ただの飾り……」

「そ、そうなんですか……」

「そういう訳で、この中で飛べるのは俺だけだ。3匹とも背中に乗りな」

 チェインがそう言うと、身を屈めて翼を大きく広げた。


「やっほぃ! オイラはここ!!」

 ダークがチェインの首後ろのところに跨り、さらにチェインの頭から生えている角を握った。

「ダーク……、前から言ってるが、そういう乗り方されると飛びづらいんだよ」

「良いじゃんか父ちゃん! ゆっくり降りるだけなんだし!」

「何もなければな」

 ディークとラティもチェインの背中に乗る。

「……私、ドラゴンに乗るの初めてです」

「そうだろうね。まぁチェインはそんなに揺らさないから、ダークみたいに変なことしなかったら大丈夫だよ」

「オイラがいつも変なことやってるみたいに言うなよ、ディーク……」

「一応捕まってな。行くぞ!」

 チェインは崖へと歩いて行き、落下を始めると翼を真横に広げてホバリングで降下し始めた。


 しばらくすると地面が見えてきた。チェインは足を伸ばし、ゆっくりと着地した。

「着いたぞ」

 チェインがそう言うと、ディークとラティがチェインの背中から降りた。ダークはまだチェインの頭に乗ったままだ。

「結構暗いんですね。そしてちょっと寒い……」

 ラティが両手を擦った。太陽の明かりはわずかしか届いていない。

「結構深く降りたからな。……さて、これがラティが見たがってたものだ。どうだ?」チェインが目の前に広がる闇を指差して言った。

「……特に変わった様子はないですけど?」

「うーん、やっぱ何もないんか?」

 ダークが残念そうに言う。

「……そうでもないみたいだよ」

 ディークがふと声をあげた。


「おっ!?何か見つけたのかディーク!?」

「うん、ダークたちには聞こえないかもしれないけど、そこらから虫さんの声が聞こえるよ」

「む、むしぃ!?」

「でも、崖の隙間に隠れてるみたい。えーっと……」

 ディークは崖の隙間を覗き込み始めた。

「オイラ虫苦手なんだよ……」

「……実は私もです」

「お、分かってくれるかラティ!! ディークったら全然オイラのこと分かってくれねーんだもんなー……」

「ダークもそろそろ虫に慣れろ。だらしないぞ」

「そんな厳しくしないでよ父ちゃーん」

 ダークたちがそんな話をしていると、ディークが声をあげた。


「あっ! これホタルだよ!!」

「ホ、ホタル!?」

 ダークが驚いてディークの方を見る。

「……ホタルって何ですか?」

 ラティが横から聞いてきた。

「夜に光る虫さんだよ」

「虫が、光るんですか?」

「ホタルは光るよ。多分、夜にここに来たら見れるんじゃないかな? 夜空の星と重なって、きれいなんだろうなぁ……」

 ディークが空を見上げながら言った。


「かなり気になりはするが、今夜は歓迎会がある……」

 チェインが目を細めて言った。

「オイラも、ホタルとかどーでも良いから歓迎会で腹いっぱい食いたいんだよなー」

 ダークがチェインの頭の上で言った。

「わたし、ちょっと気になります……」

 ラティがディークの横で言うと、ダークとチェインが怪訝そうな様子で見つめた。

「おいおい、わざわざ歓迎会をすっぽかして見るものじゃないだろ?」

「ダーク……、ラティの気持ちは分かるが、俺たちは国の動物たちとの約束がある。申し訳ないが、今日は帰るぞ」

「それだとダメなんです!!」

 ラティがチェインを真っ直ぐ見て叫んだ。ダークは驚いて目を丸くしている。

「……それだと、もう二度と、この場所に来れないんです」

 ラティは困っているような、痛みをこらえているような顔で、なんとか言葉を発した


「ラティ」

 隣で黙って聞いていたディークが口を開いた。ラティがディークのほうをみると、ディークがラティの肩を叩いた。

「大丈夫だよ、ボクたちは強い。ラティが心配してるようなことは起こらないよ」

「え!?」

 ラティが、文字通り跳ねて驚いた。ディークは小さく笑みを浮かべていた。

「……いつから、気づいていたんですか?」

「今までの国の動物たちを見ていて、なんとなく」

「……」

 ラティは無言でうつむいた。ダークとチェインはディークを見つめ、疑問を露わにしていた。

「ディーク、何のことだ?」

「まぁまぁ、まだナイショ。歓迎会のときに分かるよ。ボクも1個だけ分からないことがあるし」

「分からないこと?」

 ディークはラティを連れてチェインの方へ歩み寄って来た。

「ひとまず国に帰ろう。歓迎会の時間に遅れると悪いしね」

「……そうだな」

 チェインはそう言うとディークとラティを背中に乗せ、翼を広げて地上へと向かった。

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