第9話 王女ルナの恋 ⑧



 お互いにぎこちなく、会話の糸口を探るように、ルナと青年は会話を紡いだ。

 

「君の名前は何て言うの?」

と青年は初めて出会ったかのように、ルナに言った。


「ルナ」

とルナが答えると、


「ルナ?

月の女神の名前だね」

と青年はやさしく美しい声で、爽やかな笑みを浮かべながら、ルナに言った。


「君にピッタリな、美しい名前だ」


「あなたの名前は?」

と、ルナが聞くと、青年はしばらく黙ったまま、何も答えなかった。

そしてしばらくしてから、やっと口を開いたのだが、青年が言った言葉は、とても意外なものだった。


「昔は名前があったんだけど、今は無いんだ」

と青年は答えた。


「でも、それでは、不便だわ。

先生はカルテに何と?」


「先生は僕を、ニマと呼びます」


「初めて聞く名前だわ」


「チベットの名前だから、チベットの人以外は、たぶん、なじみの無い名前だと

思います」


「名前には普通、意味があるものだけれど、あなたの名前にはどんな意味が?」


「ニマはチベット語で、太陽を意味します。

 僕はチベットの人々の太陽になることを、期待されていました。

 でも、僕は太陽にはなれなかった。

 だから、名前がないのです」









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る