第2話

 「どうぞ」


 低い声が研究室から聞こえてきた。愛想のない声だ。学部長が来ようが、オープンキャンパスで高校生が来ようが教授には関係ないだろう。

 研究室に入り、挨拶をして名前と所属を言った。教授は読んでいた本から顔を上げ、老眼鏡を額に上げこちらを見た。


 陽太は用件を告げる。


「最終課題のレポートを見ていただきたくて」


 単位を落としたくなかった陽太は先に教授に見てもらうことにした。先に指摘をもらい単位を確実なものにしたかった。リュックサックには資料を詰めてきた。アポをとっていたから話はすんなり進んだ。


「冬休み明けたばかりなのに、早いですね。読ませていただきます。ああ、そこに座ってください。」


 教授はレポートを受け取ると、老眼鏡を下げペンを片手に読みだした。    

 狭い部屋に紙とペンの音だけが鳴る。


 しばらくして教授は顔を上げた。


「読みました。論理展開はしっかりしていました。引用についても書誌事項が掲載されていて問題ないでしょう。ただ、少し気になる点があって、前半の倫理的問題とはというところで……」


 陽太は疑問に思いながら指摘された部分を思い返した。この部分は配布されたレジュメからまとめた文章だ。教授が知らないはずがない。理解を試しているのだろうと自分を納得させ、説明をした。


「倫理的問題を構成するのは行為者、被行為者、観察者の三者です。観察者が行為を善い、悪いの判断を下して倫理的問題となります。このとき、観察者が行為に共感すれば善い、共感できなければ悪いと判断します」


「そうだね、でガイセーを食する際の倫理的問題では、行為者が人間、被行為者がガイセー、観察者が人間になるわけだね。そしてガイセー食は悪ではないと」


 そう書いてあるだろう。読んでないのか、と陽太は思った。


「そういう結論になりました。より多くの情報を持っているほうに人間は共感します。人間が持つガイセーについての情報は人間についての情報よりも少なく、さらに知的能力がガイセーには確認されていますが意思疎通ができるわけではなく共感には至らないため妥当であろう、と」


「なるほど、よく考えてきた」


 教授は老眼鏡を外した。


「この推論を同胞の前で話してほしいんだ」


「同胞?学会のことですか?いくらガイセーがタイムリーな話題とはいえ、学部生の最終レポート程度のものですよ」


「学会ではない。同胞へだ。この姿だと話がうまく伝わらないな」


 教授の体は大きくうねり、天井近くまで伸びていった。セーターは破れ、背中から6本の腕が生えてきた。年寄りの肌はそこにはなく、みずみずしい紫色の肌に変わった。


「こっちの姿なら理解が進むと思うんだが、どうだろうか」


 聞きなれた愛想のない低い声ではなく、その大きな体から出てるとは思えない甲高い声で教授と呼ばれていた生物は陽太に語り掛けた。陽太は失神した。

 

 

 

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