第2話 命がけ
勇者として救う世界はすでに滅んでいた。ビッチのガチャ運の悪さのせいで大いに足を引っ張った。
「……俺の存在意義は?」
「世界を救うことだよ」
悪意の欠片も無い笑顔を向けてきた。まさに女神に相応しい。だが、何の慰めにもならない。京東ドームで例えれば二
「女神様、その救う世界が滅んでいるのですが」
「そうだね。でも、大丈夫! 救う世界はいっぱいあるから」
「あるのですか。俺が救える世界が」
声が震えた。世界に存在を許された喜びが全身に満ちる。同時に勇者としての自覚が芽生えた。
「もちろんだよ。あり過ぎて目が回って安眠効果は抜群だね」
「確かによく眠っていましたね」
小柄な割には大きなイビキを掻いていた。だが、今はどうでもいい。
「俺に勇者としての能力を授けてください。世界を救う為に」
「そうそう、それよ、それ! じゃあ、勇者っぽい能力の不老をあげるね」
ビッチの言葉に俺は違和感を覚えた。四文字熟語になっていない。言い間違いには修正が必要だ。
「不老不死のことですよね」
「あ、やっぱり、そう思う? ごめんね。欲張りセットの期間は数百年前に終了しました~」
ファーストフードの店員の乗りに近い。手を合わせているが、そのあざとい笑顔が憎々しい。
いや、待てよ。解釈によっては優れた能力になるような気がする。
「……不老には老いがない。若いままなら死期は訪れず、不死と同じ意味になるのでは?」
「不死じゃないから、普通に死ねるよ。こんな風に」
ビッチは掌を俺に見せた。中心に赤い火が灯る。ゆらりと揺れて急激に膨らんだ。
声も出なかった。赤い渦に呑み込まれた俺は全身が気化する音を聞いた。
意識が途切れた感じがしない。瞬きをしたあとの俺は本当の俺なのか。疑っても答えは出ない。下を見るとドス黒い焦げ跡が残っていた。
「あ、そこは修復してなかったね」
その一言で白に変わる。俺の死は厳然たる事実であった。女神の力は侮れない。ビッチの軽い乗りを真に受けてはいけない。新たな教訓を得た。
「さっきの続きだけど不老にする? それとも不死にする?」
「世界を救うには危険が伴うので、不死の方が良いような気がします」
「えー、そうかな。死なないけど老いはあるよ。よぼよぼのお爺ちゃんになっても勇者をしないといけないんだよ。力だって弱くなるし、それでいいなら」
「ちょっと待った! いや、待ってください!」
さらりと恐ろしい未来を口にした。救う世界の規模にもよるが、時間を掛ける程に俺の肉体は衰える。そうだとして思考はどうなるのか。昼食を五回も食べるようになる自分の姿が頭にちらつく。
「不老でお願いします」
「はい、不老ね」
ビッチは両腕を広げた。俺は黙って見ていた。
「ハグだよ、ハグぅ」
品のいい唇をひん曲げる。不満で身体を揺すり、胸が左右に揺れた。『女神』のプリントで少し萎える。
「わかりました。必要な工程なのですね」
「あー、これが人の温もりなのね」
俺の背中に腕を回した。ビッチは柔らかい胸を押し付けて全身を揺する。腰が引けるこちらの事情を全く考慮していない。
「あ、あの、まだですか」
「なにが?」
「不老の付与のことです」
「え、もう不老になってるよ」
抱き合った状態で俺は考える。このハグに意味はあるのだろうか。
「あー、堪能した。じゃあ、今度はなにをしようか。やっぱり定番のカクレンボになるよね」
勇者の定番は世界を救うことなのだが、気紛れで殺されては堪らない。上手く誘導して早々に旅立たなくては。
「遮蔽物が何もない白い世界でカクレンボは無理がありますよ」
「じゃあ、適当に世界を創るね」
その一言で世界は激変した。
目の前にブランコがある。横手にはジャングルジムがあり、隠れるのに最適な木々が周囲を覆っていた。隙間からは民家も見える。
「……これが神の力、ですか。人間を創造すれば俺がいなくてもカクレンボは出来ますよね」
「そんなの、とっくに試したよ!」
俺は不満の声に取り囲まれた。姿や服装まで同じ。ざっと見て十数人のビッチが不機嫌な顔で俺を睨み付ける。
「どれもわたしだから、考え方がそっくり。隠れる場所も取り合いになってハルマゲドンになっちゃったんだから!」
「それは何とも、壮絶な話ですね。メガッチの複製では無くて、個性を持ち合わせた人間を創造すればいいのではないですか」
「そんな神様みたいなことはできないの!」
女神は女の神様の意味ではないらしい。手の甲をビッチの肩に軽く当てて、なんでやねーん、とツッコミを入れたい衝動を抑える。そんなことに賭ける命はない。
「それではカクレンボをしましょうか」
提案を受け入れるとビッチは元の一人に戻った。
「じゃあ、じゃあ、勇者が鬼の役ね!」
「はい、それでは俺が鬼で十を数えます。その間に隠れてください」
「うん、わかった!」
ビッチは長い金髪を弾ませて走り出す。俺は口角を上げて瞼を閉じた。
「……神様、助けてください」
呟いてから十を数え始めた。
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