第8話 あいつ(母親)
彼女の頭を撫でているうちにいつの間にか眠っていたらしく、窓の外を見ると完全に太陽は昇っていた。
ふと横を向くと彼女は居なくなっており、ぽつんと彼女が座っていたであろう椅子が取り残されていた。
(…静かだな)
正面の壁に掛けられた時計の秒針がちくたくと音を生み出すなか、他に音を作り出す物はこの部屋には無くただただ秒針が刻まれていくのを眺めていた。
(…こうやってゆっくり過ごすのも…いつぶりだろうな)
最近…いや、ここ数年はゆっくりする時間以前に睡眠時間もまともに取れていなかった。太陽が昇れば勉強。太陽が沈めば勉強。月が昇れば勉強。月が沈めば勉強。
そんな日々を数年続けていれば体も心も壊れるだろう。だけど、壊れかけた心と体を癒してくれたのが父親だった。
父さんは当時20代にも関わらず会社で出世し、専務取締役になったが故に会社の業務は爆発的に増え、家に帰ってくることは週に一度くらいだった。
その一度が俺にとってかけがえのない癒しだであり、救いだった。
父さんは貴重な休みを自分のために使わず俺のために使ってくれた。
夜遅くに帰ってきたと思えばスーツ姿のまま部屋に入ってきて
「龍夜!肉食べいこう!」
宝物を目の前にした小学生かの如く目をらんらんと輝かせた父さんに呆れるも、どこか嬉しがっている俺がいた。
父さんがいなかったら俺は何年も前に心を壊していただろう。それほどあいつの教育は厳しく、俺に対する態度は酷かった。それでも俺はそんな母親の期待に答えようと必死になった。母親を安心させたい。母親に笑って欲しい。母親を楽にさせたい。そんな俺は死に物狂いで勉強した。ただ一言。『頑張ったね』ただこの一言…一言褒めてもらうために頑張った。
心も体も限界が来て逃げ出す形になったが、子供ながらに親の愛を求めていた。
(これからどうするかな…)
動かない左手を見ながら俺はこれからの事について考えた。
今は入院という形になっているが、時期に退院する。その後はもう分かりきっている。家…というより家の形をした箱の中に閉じ込められ、これまでと同じく勉強ばかりの日々だろう。いや、もしかしたらこれまでよりも厳しくなるのかもしれない。一度逃げ出した身だ。母親はおかえりとも言わずただ勉強をしろと強制するだろう。
『今まで何してたの!?帰るわよ!帰って勉強しなさい!』
(…………)
今母親と会った時の開口一番言いそうな言葉を考えたが、ろくな言葉が見つからなかった。
(ここで…心配してくれたら…)
今まで耐えてきたが、もう限界だった。学校の友達からも心配され、先生からも然るべき機関にと言ってくれたが、自分の努力不足だと言い聞かせていた。だが、自分はただの操り人形だと気付かされた時は考えるよりも先に家を飛び出していた。
薄々気づいていた。こんな環境なのは自分だけだと。最初の頃はこれが普通なんだ。皆やってる事だから自分も頑張らなくては。と必死に机に齧り付いていたが、中学に上がった頃には母親に過剰に勉強を強制させられているのは自分だけなのだと確信し、急に辛くなった。それでも右肩上りの成績を見ると嬉しくなり、次第にこれが当たり前だと感じるようになった。
中学時代の三年間は友達と呼べる人は極わずかしか出来ず、修学旅行も母親に行くなと言われ欠席し、家でひたすら勉強を続けていた。
うんざりだった。友達同士遊びに行く姿を後ろから眺め、異性と付き合いだした周りは青春を送っているのに、自分はただ机に向かう日々。自分の人生がとにかく惨めだなと感じ、周りを見るのを辞め、一人でただ黙々と勉強を続けていた。
中学を卒業して地元では一番の最難関高校に入学した。そこからは地獄だった。人一倍以上に勉強を続けていたが、さすがは最難関高校。授業は中学の頃と比べ物にならないほど難しく、中学のような点数を取ることができず、小テストや確認テスト、中間、期末テストで悪い点数を取る度に
だかそんな中、一人だけそんなのおかしいと
「こんにちは〜…」
控えめにコンコンとノックする音が部屋に響き、ドアが少しだけ開いた。開いたドアから小さな頭がひょっこりと出てき、俺と目が合うとぱぁっと花が咲いたような笑顔を作った。
「坂本君!」
名前を呼びながらてこてこと側まで来ると肩まで綺麗に切りそろえたショートボブをなびかせ彼女のアイデンティティである赤色のメッシュはぴょんと跳ねたが、お構い無しと言わんばかりに顔を近づけ、
「怪我、大丈夫!?何があったの!?」
と聞いてきた。
(…………元気だな…)
とクラスメイトの
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【あとがき】
半年以上失踪してしました。
入試も終わり、これからマイペースに綴っていこうと思います。
※坂本は主人公の苗字です。(坂本龍夜)
帰りたくないと言ったらお嬢様に拾われた 猫の茶屋 @yuta1219
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