第3話

※   ※   ※



『伊東正雄 四十五歳 舘岡工業東京支社法人営業部二課勤務。この人の死期は一か月以内で、死因は他殺もしくは事故で予言してください。当選者には賞金として五百万円送金いたします』

 ジロはひろげたノートパソコンをみつめながら、イカとたらこの和風パスタをくるくるとフォークで巻いていた。ファミリーレストランのソファ席だ。大きな窓から、まぶしいくらいの午後の日差しが降り注いでいる。

「この人の場合、電車通勤だから『ホームから押し出し』もアリなんだけどさ、最近の駅ホームの防犯カメラ、性能いいしねー。しかも『飛び込み自殺』判定になる可能性があるからだめかなー。ここはやっぱり『通り魔の犯行』かなあ」

 子連れや学生でにぎわうレストランで、世にも物騒な相談をしている。

 ジロはパソコンをくるりと倒して、正面にいる俺に見せた。

「最寄り駅までの経路を調べてみたらさ、自宅近くになかなかいい感じの寂しい路地があるんだよね。ルカさん、力ずくになるけど行けるよね?」

 俺はうなずいた。子供の頃から、近所の道場で空手を習っていた。それを皮切りに、あらゆる格闘技に手を出しては自分の腕を磨いてきた。足がつきやすいのでめったに暴力で人を殺すことはないが、実は近接戦が一番得意だ。

「逃げ足だけ手配してくれ」

 そう言って、ドリンクバーの薄いコーヒーをすする。

「自信ありますね」

「どうせ自殺願望者だろ」

 ジロは微笑みながら、ちゅるん、とパスタの端を唇に吸い込んだ。

 期限が短く、しかも他殺や事故死を指定してくる依頼の多くは保険金目的の自殺だ。おそらく借金がかさんで進退窮まってからあわてて保険契約を結び、自分が「不慮の死を迎える」ことで資金調達をしようとしているのだ。契約してすぐの自殺では保険金がおりない。だから他殺や事故でなければ困るということだろう。

 ジロは紙ナプキンで口元を拭きながら、ノートパソコンのキーを叩いてターゲットの下調べを続けている。コンクリートの落書き風シールがぺたぺた張ってある、おもちゃのようなパソコンだ。

「んー、でもこの人、消費者金融のブラックリストには載ってないみたいなんだよね。ただ、会社での営業成績が悪くて、リストラ対象者にはなったみたいだね」

 ジロは、パソコンに舘岡工業が早期退職者を募ったときの資料を表示させた。おそらく社外秘の資料だろうが、不正な方法でアクセスしたのだろう。

「だったら、借金じゃなくて横領かもな」

 単なる借金なら自己破産ができる。本人が自殺をした場合、家族は相続を放棄できるだろう。しかし横領となれば、死後残された家族には「前科者の家族」というレッテルがついてまわる。会社への損害賠償を請求されるかもしれない。家族を守るため、横領が明るみに出る前に自分の死でもみ消してしまおうというところか。

「最近こういうの増えたよね。営業ノルマ埋めるためにさ、売れたように偽装してその分の商品を横領しちゃうっていうやつ。売上、売上って、よっぽど追いつめられてたのかね。これも不景気の影響かね」

 珍しく、少し同情する調子でジロがため息をついた。

「水商売の世界ではさー、店に何百万も売掛(借金)残して飛ぶ、なんて日常茶飯事だけどなあ。でも家族がいて、一軒家買ってたりするとそうもいかないんだろうね。命より大事なものを捨てて逃げるのと死ぬの、どっちがつらいんだろうね」

 伊東正雄 四十五歳。平凡なサラリーマンがダークウェブで自分を殺してくれる人を募る。家族のため、なりふりかまわず会社にしがみついた末路がこれなのだとしたら、あまりにもこの世は過酷だ。

「ターゲット本人が依頼人で、しかも死後に保険金で賞金をまかなうつもりだとすると、支払いが確実とは言えない案件だな」

 家族のことから話を変えようと、俺は依頼への懸念を示した。

「うん。でも僕ら、人助けとか好きだしね。この人の希望通りにしてあげたいかな」

「やるか」

 ジロは笑顔でうなずいた。

 ふいにテーブルの上でいじっていた携帯が震える。

『今どこにいるの?』

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