第2話

 テーブルから離れたジロが、女を見下ろす。

「この人、美人なのにもったいないね。そんな恨まれるタイプには見えないのに」

「彼女は二面性があるらしいな。会社に新しく配属になった新人を裏でいじめては、うつ病や退職に追い込んでいたらしい。被害者が何人もいたようだ」

 俺は、依頼者らしき人物のSNSアカウントをみつけていた。短期間で個人情報までは特定できなかったが、ユニバーサルサービス新大久保支店と思わしき会社で受けたパワハラ被害について綴ったブログのアカウントとつながった。

 そのブログには、書き手である新入社員が、教育担当の女性の上司に言われたこと、されたことを、恨みにまかせてめんめんと書き綴っていた。そのうち、書き手の精神状態がいよいよ限界を迎えてブログもやめてしまったようだ。書き残されていた女性の上司の特徴は、全て今回のターゲットの岩崎千恵美にあてはまる。年齢、生活環境、容姿、髪形、出身地……他に該当する人物は、彼女の店舗には存在しなかった。

『あの人だけは絶対に許さない。天罰を与えてやりたい。どんな方法を使っても』

 それがブログの最後の文章だった。

 コメント欄をよくよくたどってみると、同じように被害にあった者同士、SNSでつながって慰め合っていたようだ。ひょっとすると、この「被害者の会」の何人かが集まって今回の依頼がなされたのかもしれない。

「ふーん。じゃあ、自業自得かな。三百万積んでも殺してほしいって思われるようなこと、しちゃったんだね」

 財閥の御曹司のような育ちのいい顔をしたジロが笑う。センターで分けたアッシュグレーの髪が、さらりと揺れる。

 俺たちはゴム手袋と靴のカバーを外して、ターゲットの部屋を出た。オートロックは便利だ。鍵を閉める手間もない。大通りまで連れ立って歩いた。

「分け前は今回も、三対七でいいのか?」

「いいよ。だって汚れ仕事全部ルカさんだもん。むしろ、こんな不公平な分担でいいのかって僕がききたいくらいだよ」

 いつも、とどめを刺すのは俺の仕事だった。ターゲットの誘い出しや、警察の捜査を攪乱するための細工がジロの担当だ。

 夜風に排気ガスの匂いが混じっていた。国道に出る。三車線の環状線を、テールランプの赤い光が流れている。

「ねー、そういえばさ、ルカって名前、聖書の聖人から?」

「いや、ルッカ―。英語のLooker」

 ジロが噴きだした。

「それじゃ、美男美女って意味じゃん。どちらかっていうと僕のほうでしょ」

 照れもなく、しれっと言ってのける。

「いや、目撃者、のほうだろ。俺は死を見届ける」

 俺はヘッドライトの明かりに目を細めて、コインパーキングの看板をくぐった。

 手にしていた携帯が再び震える。メッセージは見なくてもわかる。

 そう、謎の亡霊からだ。

『今どこにいるの?』

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