Looker(ルッカ―)
沢村基
第1話
テーブルに出しっぱなしにしていた携帯電話の画面が白く輝いた。小刻みに振れながら、メッセージを表示する。
『今どこにいるの?』
「女?」
テーブルの向こう側から携帯をちらりとのぞきこんだ相棒のジロが、半笑いで俺のほうを見た。暗い室内で、ノートパソコンの明かりがジロの顔の半分を青く照らしている。
「女じゃねーよ」
不愛想に言い返すと、ジロは片眉を大きくあげた。
「あれ、不機嫌だねー。僕、地雷踏んじゃった?」
細おもての上品な顔で、いつも調子のいいリアクションを返す。
「心当たりがないんだ。機種変しても、SIM変えても、なぜかしつこく特定して送ってきやがる」
「立派なストーカーじゃん」
「いや、亡霊だろ」
俺はゴム手袋をはめた手で、真鍮のケースから注射器を取り出した。消毒液は必要ない。床に転がった女の頭を片手で持ち上げた。口を開けさせて、指で舌をかきわけ、下あごの裏に突き刺した。
一時間ほど前、ジロとこの女は北新宿のショットバーにいた。
ひとりで飲んでいたターゲットをジロがナンパする。隙を見て飲み物に睡眠導入剤を混ぜ、昏睡させる。介抱するフリをしてタクシーに乗せ、ターゲットの部屋へ連れこむ。
あとは俺が合流して、最後の仕上げをする手はずだ。
『死期予言掲示板』
ダークウェブのヤバい掲示板のひとつだ。
『岩崎千恵美 32歳 ユニバーサルサービス新大久保支店勤務』
このあと、住所、電話番号、メールアドレス、家族構成まで細かく書きこまれている。
『この人の死期と死因を当ててください。当選者には賞金三百万円を送金いたします』
掲示板には、匿名の誰かから死亡時刻と死因が予言として書き込まれる。
もちろん、他人の死を正確に当てられる人間などいない。つまりは、実行犯からの報告ということだ。そして、「当てた」人間に賞金が送金される。送金は、ダークウェブ上のステルスアドレスを使った仮想通貨でやりとりをしている。お互いに匿名のまま金のやりとりができるらしい。そのあたりは、いつもジロに任せきりなのだが。
俺はこの掲示板で死期予言を依頼された人物を片付けては、賞金を得て暮らしている。
「こっちはもう終わったぞ」
俺は、ぐったりした女――岩崎千恵美――の頭部を床におろした。
「死期は十一月十五日深夜零時半。死因はオーバードーズ。アルコールと薬物の大量摂取だな。例の掲示板に書きこんどけ」
「金曜日の深夜なので、発覚は会社が動き出す月曜日ですかね。しかもひとり暮らしなので、発見が遅れたのがなんとも悔やまれますー」
しらじらしくジロが続けた。
「そっちは終わったのか?」
「うん。この人がネットで違法薬物を買った履歴をつくっといた。警察の皆さんは、僕の偽装に気がつくかなあ?」
ジロは、子供のようにわくわくした顔で、両手をこすりあわせた。
俺はガラストップのテーブルから自分の携帯を持ち上げ、かわりに睡眠導入剤の入った袋を置いた。空になった薬袋も用意してある。キッチンのゴミ袋の中から、ビールや酎ハイの空き缶のうち新しそうなものを拾って部屋に散らかした。
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