フィクション

@garyoutensei1228

フィクション

数百枚と重ねられた原稿用紙と使い古した万年筆を目の前に一つ低くため息をついた。

小説家になってから早3年、新作の小説を書くことに奮闘していた私であったが、自分の小説の出来栄えに呆れを感じていた。もっといい作品を書きたいのに書けない現実。そんなネガティブなことを考えていると、一本の電話がかかってきた。マネージャーからだ。私は正直電話に出るのに迷った。が、3件もの不在着信に罪悪感を覚え、電話に出た。

「あ、やっと出た。こんにちは先生。先日送ってくださった『紅色の瞳を持つ君へ』の編集が終わりました。」

「ご苦労様でした。いつも悪いね」

「いえいえそれが仕事ですから。それにしても今回も面白かったです。まさか最後に最愛の彼女を殺してしまうという大どんでん返しになるなんて。途中からは仕事そっちのけで素で読んじゃっていましたもん。」

「それはどうも」

「そういえば、今日の夕方って空いてますか。もしも空いていましたら、一緒にお茶しませんか。いろいろ直接話たいこともあるので」

「まあ今書いている小説がある程度終わってからなら」

「やった。では場所は編集社のすぐ近くのカフェで。では失礼します。」

私は電話が終わるとすぐに深くため息をついた。一言話せばながながと飛んでくるマシンガントーク。これはいつも疲れる。これを会って、また聞かされると考えると、流れでお茶の約束をしてしまった自分に自己嫌悪をしていた。私はマネージャーのことが苦手だった。

2時間後私はマネージャーの約束場所へ向かった。マネージャーは少し大きめのスーツを身にまとい、見栄っ張りにブランドバックを持ち歩いていた。お互い紅茶を注文すると、マネージャーから話が始まった。

「先生最近お疲れじゃないですか」

「どうしてだい」

「いや、気のせいかもしれませんが、最近の先生、何かに悩んでいるように見えます。何かありましたか。」

この時私は見抜かれたことへの動揺し、上手く次の言葉を出すことが出来なかった。

「顔にでも出ていたかな。そうだね、こんなこと言ったら失望されちゃうかもだけど、ここ最近自分の納得いく作品が書けなくてね。」

「そうだったんですね。あっでも、先生の作品はとても面白いと思いますよ。前の作品だって凄く面白いと思いましたし、先生は千載一遇の天才だとおもいます。」

「『天才』、」

私はその言葉に引っかかり思わず、ボソッと口に出した。それから何とか言葉を繋げて発言した。

「私は決して『天才』ではないです。」

「いえ、そんなことは、」

「君に何が分かるんだい。」

私はテーブルを力一杯叩いて怒鳴りつけた。この時、今まで私の耳に当たり前に入ってきていた、カフェの落ち着いた曲がブツリと止まった。私は昔から『天才』と言う言葉が嫌いだった。それは他者に使う時も、自分に使われる時も。

私は昔から自分が嫌いだった。自分がどんなに優れていたものがあったとしても、それは結局誰かの次。私の前には常に決して乗り越えることの出来ない大きく、そして分厚い壁があった。私は昔からその壁から目を背けてきた。『天才』その言葉を他者に対し使われるのなら、自分が目を背けてきた壁を見てしまい、苦しくなる。『天才』その言葉を自分に対して使われるのなら、ましてや私が日頃悩んでいることも大して知らない人間に言われるのは、怒りで胸が一杯になった。

「すまない、もう今日は帰らせてもらうよ」

私がそう言って、素早く席から離れた時、マネージャーは私に対し、1つ言いたそうにしていた。が、同時に周りの冷たい視線が目に入り、私は顔を絡めて、足早に足を運んだ。

それから2時間後、私は頭を冷やし、マネージャーへ電話をかけた。私からマネージャーへ電話したのは2年ぶりのことだった。

「さっきは本当に申し訳なかった。」

「いえ、先生のことを怒らせてしまったのは私の方なので、謝らなくてはいけないのはこっちです。すいません。」

しばらく重い沈黙の時間が続いた。すると、マネージャーの方が口を開いた。

「先生は先程『自分の納得のいく作品が書けない』と、おっしゃっていましたよね。それなら『霧眠りの村』という村をご存知ですか。その村は昔から訪れた人の忘れていたものや、無くしていたものが見つかると言われている。言わば、パワースポットのような場所なのですが」

「そこのことは知らないが、君は私が何かを忘れていると言うのかい」

「あっいえそうでなくて、作品のネタになったらいいなと思いまして」

「わかったよ。君がそこまで言うなら、行ってみることにするよ。私もどこか旅にでも出て息抜きしたいと思っていたからね」

それから2日後私は『霧眠りの村』へ行くことにした。電車で片道3時間半。その間の車内の景色は殺風景そのものだった。いくつもの無人駅や山々を越えて行き、ついに待ちに待った『霧眠りの村』がある駅へと着いた。改札を出た私はまず始めに目を丸くした。駅の周りは全く整備されておらず、雑草は膝の高さまであり、駅の外観には無数に苔が生え、駅名がおおい隠されるほどだった。

「こんなところに、本当にパワースポットがあるのか」

私は唖然とする景色に独り言を溢した。道は林に囲まれた細い一本道だけだった。その道は私のことをいざなっているように感じた。私はこのまま止まるわけにも行かないため雑草を分けながら道のりへと進んだ。

いつまで歩いただろうか、気づいた時には雑草は無くなり、目の前には村が現れていた。看板には彫刻で掘られていた『霧眠りの村』という言葉があった。その村は縦長に一本道になっていて、店や家に道が囲まれている村だった。その突き当りには立派な鳥居と神社が立っていた。人口は20人程だろうか、村の人は全員浴衣を身に付けており、まるで明治時代にでもタイムスリップしたかのようだった。私は好奇心を抑えられず村を周ってみたいと、感じた。そして気づいた頃には私の体はゆっくりと左右を見渡しながら歩いていた。村の人たちと私の格好の違いに私は始め、孤独感を感じていたが、村の人たちのあまりに慣れた振る舞いにすぐにそれは無くなった。それから直ぐに村の突き当りへと着いた。私は一度振り返り、村全体を見渡した後に、大きな鳥居に潜ったその時だった。狐のお面を付けて顔を隠した、少年少女の二人の子供が私一直線に走ってきた。すると、少年の方が暗い声でボソボソと歌い出した。

「あなたの落としたものは何。友情、信頼、記憶。」

すると、今度は少女の方が繋げるように暗い声で歌い出した。

「わたしたちは知っている、あなたの落としたもの。自分で探して、それが使命。」

「私が落としたもの、使命。君たちは一体。」

私が問いかけたその時だった。横から強風が吹き荒れた。舞い上がる砂利、私は咄嗟に腕で目を覆った。それから少ししてから治まった時には、もうすでに彼らはどこかに消えてしまっていた。その後私は不思議に思いながら、今日泊まる旅館へと向かった。

「狐のお面を付けた子供ですか。」

「そうなんだよ」

私は着物に身を包んだあとすぐにマネージャーへ今日あったことを電話で伝えた。

「不思議な歌、聞いたことないですね。でも、そういうのには気をつけた方がいいと思いますよ。触らぬ神に祟り無しですよ。」

「確かにそうかもな」

「でも、なんだか先生が楽しそうで良かったです」

「どういう意味だい」

「いや、すいません。では、引き続き旅行を楽しんで、」

「ありがとう」

翌日私は特にやることもなかったため、昨日回りきれなかった村の裏口から出て、村の周辺を散策することにした。私が村から出ようとした瞬間、鳥肌が立つような鋭い視線を感じた。誰かに見られているわけではないが、

『逃げるな、目を背けるな』

と、言われているような気がして、背筋が凍った。だが、私の足は止まることを忘れていた。村から出た道は基本は一本道になっていて、たまに分かれ道になるようなシンプルな道の作りになっていた。が、村の外には霧がかかっていた。それも、村を離れれば離れる程、霧が濃くなっていき、最終的には道は未知数なものになっていた。霧がまだ薄い時、村から出た道から見える景色は駅前を思い出させるような、雑草しか生えない面白みもない景色しか広がってなかった。私は霧が濃くなってきてからも何かがあるだろうという、下手な期待をして歩いたが、霧で何も見えなくなり、流石に危険だと感じて我に返り、来た道を戻ることにした。私が村に戻ろうと、振り返った時、霧で何も見えない中、木製の看板に足をぶつけた。

「こんなところに看板なんかあったか」

私は率直な疑問に自問自答した。私は看板が気になり、目を凝らして文字を読んだ。そこにはこう書いてあった。

『この先霧眠りの村、光無きものはここで死する』

何か意味の深そうなことが書いてあるが、私には理解できず、その場で首を傾げた。

そうこうしている間に霧と重なり雨までも降り始めた。私は着物が汚れないように裾を掴みながら、その場をあとにした。霧を抜けて、村へと着いた時、その雨が一瞬だけ血の色に見えた。

次の日、私はこの村で一つ短編小説を作ることにした。が、なかなか理想の作品は書けなく、頭を何度も抱えた。気づいた頃にはボツにした原稿用紙が部屋中に散乱して、足場を無くす程だった。私は深くため息をついてから気分転換にお茶を飲みに行くことにした。

昨日の雨が嘘のような清々しい青空の下、私は和菓子とお茶を飲んで、自分を落ち着かせた。私の見えるところで遊ぶ子供たちは手まりや面子といった、今の時代では考えられないようなもので遊んでいた。私が何も考えず、そんな子供たちをボーっと眺めていたそんな時、私はフッと一昨日の狐のお面をつけていた子供たちの言っていたことを思い出した。そして、自分の落としたものについて少し考えてみることにした。それから3分間程じっくりと考えたが、だんだんとなんだか自分がバカバカしく感じて、考えるのをやめた。私は一つため息をつくとお茶屋を離れようとした時、

「おーいあんたこれ忘れてるぞ」

束の原稿用紙を傷つけないように慎重に持った。ガラガラ声と独特のなまりが特徴的な70後半ぐらいの老人店主が呼び止めてきた。

「あっ、うっかりしてました。ありがとうございます」

私が原稿用紙を受け取ると、また老人店主が私を呼び止めた。

「あっ、ちょっと待ってくれよ。あんた、小説家だろ」

「えっ、まあ一応」

「あんた最近小説書けてんか。この村に来る奴らみんななんかしらの悩みを持って訪れるんだ。だからあんたもそうなんじゃないか。」

私は見抜かれたという衝撃のあまり言葉を失った。それから私は絞り出すように言葉を口にした。

「おっしゃるとおりです。自分の納得のいく作品は書けてませんね。」

「『納得』、それはどうしてそう思うんだ。」

「劣等感ですかね。どんな自信作でも他の小説家よりも下になってしまうという、」

私は老人店主の質問に答えた瞬間、自分の答えに顔を赤くした。だが、なぜだか老人店主には言えてしまっていた。老人店主は少し黙りこむとまた口を開いた。

「あんたの気持ちは十分伝わった。だが、あんたの作品はそんなにつまらないのか。誰もあんたの作品を面白いと思わないのか。」

私はすぐにマネージャーの顔といつも作品を楽しみにしてくれている読者の顔がよぎった。老人店主はまた続けて言った。

「あんたは自分の作品が嫌いか。もし、嫌いならあんたはこれ以上成長できない。まずは自分を褒めてあげなよ。」

私は胸が一杯になり何も言えなかった。それから私は無言のままただお辞儀をしてお茶屋をあとにした。

私はその後何も考えられないまま旅館へ戻ろうとしていると、いつの間にか自分の目の前に狐の仮面をつけた一昨日の少女が立っていた。だが、そこには少年の方は居なかった。すると、少女は私の手を掴み、少し嬉しそうに

「来て」

と、手を引いてきた。この時の少女の手はゾッとするほど冷たかった。私は少女に身を任せ、手を引かれながら行くと、たどり着いた場所は村の突き当りにある神社だった。すると、少女は更に嬉しそうにして私に伝えた。

「落とし物が見つかりますように、ってここで目を閉じて願って」

「えっ」

「いいから早く」

私は少女にそそのかされながら、渋々と言われたとおりにした。手を合わせ、目を閉じ、

『落としたものが見つかりますように』

と、願った。その時だった、私は何者かに強く叩かれたような強い衝撃に襲われた。そして、目を開ける前に私はその場で気を失ってしまった。

暖かな風、歌い合う鳥たちの音色、風で木の葉をなびかせる木。私はいつまで寝てしまっていたのだろうか、ゆっくりと起き上がると共に目を開けた。そこは、さっきまでいた、村の神社の景色ではなく、隙間明かりが眩しい林に囲まれている狭い草原の中で、さらにここには一切の道がなく、完全に林に囲まれている状態だった。

「ここは一体」

私は思わず独り言を漏らす。私が戸惑いを隠せず、右往左往をしていると、自分の後ろに小さな人気を感じた。私が反射的に振り返ると、そこには何かを楽しそうに書いている、見覚えのある着物を身にまとった一人の少年が居た。だが、少年の方は私に気づいては居なかった。それどころか、何かを書いているのに集中し、周りが見えて居なかった。

「ねえ、君」

私が少年に声をかけると、少年の動きがピタリと止まった。それから直ぐに立ち上がり振り返る少年、その顔には狐のお面はなかった。そして、私が少年の顔を見た瞬間、私の中に静電気のような素早い衝撃が走った。少年の顔は自分の幼少期の頃の顔と瓜二つだったのだ。

だが、少年の方はまるで初対面のように振る舞い、にっこり笑顔を見せると、馴れ馴れしく口を開いた。

「ねえ、お兄さんこの小説読んでよ。」

そう言って渡してきた物は、荒れた字が欄列した少年自作の小説だった。私はいろいろな疑問を腹の中にしまい込み、言われたとおり、読み始めた。誤字脱字がひどく、支離滅裂、な作品だった。が、その作品は私に懐かしさを感じさせた。それは自分が10年以上も前に初めて作った小説だったからだ。私はその真実が面白く感じ、気づいた頃には、無意識に流れるようにして、小説を読んでいた。すると、また少年が口を開いた。

「僕はさ、小説家になりたいんだ。今は何というか、上手く書けないけど、書いている時が一番楽しいんだ。ただの真っ白の何もない画用紙の世界に僕が色を染めていくんだ。」

私は少年の言葉に、読むのが止まった。少年の目は真珠のように魅惑的な輝きを見せていた。途端に、なぜだか自分の瞳の中には潤いが出来ていた。

『私は一体、いつから大切なことを忘れてしまっていたんだ。この頃の私は純粋に小説を書くのが好きだった。誰に何と言われようが、自分の世界を描いてきた。私は一体、いつから何かに縛られるようになってしまっていたんだ。』

少年が首を傾げる中、私は無意識に自問自答していた。そして、私は少年に真っ直ぐな眼差しを見せると、

「うん、きっと大丈夫だよ。今の君を忘れなければ、きっと。」

と、答えた。そう答えた時、突然、道のなかったはずの林の中に、モーセの水割りのように大きな道が広がった。道の先にはただ一面の光があった。私はその時、全てがわかった。私が光へ進もうとすると、

「あなたの落としたものは何。友情、信頼、記憶。わたしたちは知っている、あなたの落としたもの。自分で探して、それが使命。」

と、楽しそうに歌う狐の仮面をつけた少年と少女が居た。私はそれに対して笑顔で答える。

「私の落としたものは、初心、」

私は言いかけて止まった。それから一つ大きくため息をつくと、改めて答える。

「もう十分だよ、ありがとう。これで現実を受け入れられる。私が落としたものは、命、だよね。」

そう答えた途端、道の先の光は見る見る内に一面の闇へと変わっていった。私はまた大きくため息をつくと、その道に向かって、大きな一步を踏み出した。



私は最後のページを読み終わると、先生の亡骸を前に倒れ込んだ。先生のマネージャーを初めてから早3年、先生は生まれつき、とても病弱でいつも優しい方だった。この小説は先生が遺書代わりに書いた、最後の小説だった。先生は言わば、『売れない、影の薄い小説家』だった。が、私は先生の作品が大好きだった。マネージャーを始めたのも、先生の作品の影響だった。先生はこの最後の小説を書いている時、病気の影響でよく血を吐いていた。血を吐いてはその真っ赤になった原稿用紙を捨てて。先生は本当にこの小説を命掛けで書いていた。先生はよくこんなことを口にしていた。

「私が死んでも泣かないで下さい、むしろ私の死ぬ時まで一緒にいれたことを誇りに持って、私のことは忘れて下さい」

その時、窓の外にあった、大きな木の葉っぱが孤独に落ちた。


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