第五十三幕 感謝―オース―
「八重?大丈夫なのか?」
「ええ。法眼の再起動も無事に完了したわ。」
「いえ、そちらでは無く…。」
叶夜と睦が心配する間にも八重はどんどんと二人に近づいて行く。
何人かの生き残りの陰陽師が攻撃しようとする素振りをみせるが、周りを栄介が警戒しているため何も出来ずに見送った。
八重は二人の近くに行くとハッキリとした口調でお願いする。
「私にやらせて。」
「で、ですけど。」
「お願い。」
睦は困って思い悩んでいると、叶夜が八重に問いかける。
「大丈夫、何だな?」
「ええ。」
「勝てるんだな?」
「もちろん。」
「…分かったよ。」
「叶夜さま…。」
「分かってやれ睦。自分の手で終わらせたいんだよ。…それにそもそも俺に止める権利なんてないしな。」
「それもそうじゃな。」
玉藻も叶夜の言葉を肯定し、睦も仕方ないといった空気になる。
「心配するなって雪女。八重の姉御なら大丈夫だって。」
「…そう信用するしかないようですね。本当にもう。」
呆れ気味ながら睦も賛成した事で、八重は左近寺に近づいていく。
「龍宮寺の娘。貴様は陰陽師を名乗る資格など無い。」
ある程度の距離で止まった八重に対し左近寺は怒りを抑えた口調で責める。
「どういった経緯かは知らんが妖となれ合うなど陰陽師として恥ずかしいとは思わないのか。そんな貴様に我々を止める資格など無い。」
「…確かに、私には陰陽師を名乗る資格は無いのかも知れないわね。」
「八重?」
左近寺の言葉を肯定するかのような八重の言葉に叶夜たちは疑問に思う。
「色々あって妖たちに囲まれて、しかもそんな生活も悪くないと思っている。…陰陽師としては失格かもね。」
「ならば!」
「だけど。私は陰陽師である前に人間でありたい。だから一般人を犠牲にするようなあなた達を見過ごす訳にはいかないし、友人として助けに来てくれたのに妖だからという理由で害する訳にはいかない。」
「…。」
「陰陽師の娘だからでは無く、龍宮寺八重個人としてここで終わらせる。」
「…どうやら本当に我々の理解の外に行ったようだな。いいだろう、私自らが終わらせてやろう!」
互いに錫杖を構える八重と左近寺であったが、この時点で左近寺は逃げる気でいた。
(【蟲毒】が壊されたのは痛いが、時間と金を使えば立て直せる。適当に戦って奴らを撒けばコチラの勝ちだ!)
左近寺がそのような事を考えつつ八重との距離を詰め、実際には逃げ道を探っていると異変に気付く。
(ん?奴の錫杖が…?)
八重の錫杖が光り出すのを疑問に思っていると、突然に光の柱が八重の錫杖から現れた。
「こ、これは!?」
「…あなた達の【蟲毒】をヒントに設定した術式よ。術式名は、そうね《十束剣》としようかしら。」
そのような事を言いながら八重は左近寺に近づいて行く。
「ヒィ!」
思わずそんな声を上げてしまった左近寺はわき目も振らずに逃げ出す。
アレに押しつぶされれば一溜まりもない事は明白であったからだ。
だが、この状況で左近寺を逃がすほど八重は甘くなかった。
「牛頭!馬頭!」
八重は二体の式神を呼び出すと法眼の脚を持たせて高く放り投げさせる。
「逃が!さない!!」
空中に放り出された状態で八重は左近寺に向かって《十束剣》を振るう。
《十束剣》はショッピングモールの建物ごと、左近寺の【陰陽機】を切り裂く。
光の束が消えていき、後に残ったのは建物の残骸とギリギリのところでコックピットを外され真っ二つになった陰陽機の姿があった。
栄介が近づくと、左近寺は気絶しておりしばらく起き上がる事は無さそうである。
他の残った陰陽師たちも降参するためか次々に【陰陽機】から降りてくる。
「栄介!悪いけど拘束頼んだ!」
「あいよ!任せておきな兄貴!」
栄介に頼んでから叶夜たちは八重の元に近づいていく。
「八重さん?大丈夫ですか?」
「陰陽師娘、生きておるか?」
「八重?」
「…ごめん、少し肩を貸して。法眼が動けなくなって。」
「全く、仕方ないのう。」
玉藻と睦は法眼を肩で担ぎつつ残骸の中から引きずりだす。
「…ありがとう。みんな。」
だが八重が言ったその言葉はガレキが崩れる音の中でもハッキリと聞こえていた。
「銀次郎め…これまで用意しといてしくじるとは。」
とある一室において老人は受けた報告を受けつつ苦渋の顔をしていた。
だがそれも一瞬の事で余裕のある、または人を馬鹿にした笑みを浮かべる。
「まあいい。人手は支配下にある一族から搾り取ればよいし、金はまだたんまりとある。さて次は誰を…ん?」
突如近づいてくる足音が聞こえ、老人は少し気を張る。
だがそれが式神の類いでない事が分かると使用人かと思い気を抜く。
しかし乾いた銃声と共に老人は倒れた。
「ガァ!こ、これは!?」
どうやら腕に当たったらしく激しい痛みに襲われる老人にこの場には似つかわしくない声が聞こえ始める。
「やっぱり慣れてない武器は駄目ね。仕留め損ねちゃったわ。」
「き、貴様は!龍宮寺志乃!ば、バカな!どうやって我が屋敷に!?」
突然の志乃の登場に動揺する老人であったが志乃はつまらなさそうに答える。
「どうやっても何も普通に。式神ばかりを気にして防犯を気にしないからこうなるんですよ。四方院さま?」
「貴様!儂にこんな事をしてどうなるか分かっておるのか!?」
「ええ、ええ。古くから陰陽師の中核を担ってきた四方院さまを手にかければ。相応の罰が下されるでしょうね。」
「そ、そうじゃ!じゃから」
「でも。それは飽くまでも平時の話。」
「ど、どういう事じゃ!」
志乃の言っている言葉が分からず怒鳴り散らす四方院に、志乃がその耳元にそっとささやく。
「あの方が言われましたよ?用済みな道具は好きにして構わない、と。」
「ば、バカな!あの方がそのような事を言う訳が。」
「何よりも私がここにいる事が証拠。そうは思いませんか?最早何者でもない老人。」
「う、あぁ…。」
放心してしまったのか呆けだす四方院の額に志乃は銃口を近づける。
そして何の
「ふぅ。」
「カーカッカッカッ!!昔は名をはせた陰陽師も近代兵器には形無しか!」
「…何しに来たの道満。」
志乃が何もない虚空を見つめると包帯と札だらけの老人と思わしき姿が現れた。
「なぁにただの暇つぶしよ。二度も計画をしくじってあの方にお仕置き中じゃからな。」
「そう。」
「嬉しそうじゃの?我の失敗がか?娘の活躍がか?」
「決まってるじゃない。両方よ。」
「カーカッカッカッ!!違いない!」
そう笑っていた道満であったが突如雰囲気が変わり、唯一見える目からは力が窺える。
「じゃが気をつけるといい。儂みたいに面白いという理由で反乱行為を見逃すほど、あの方は温くないぞ。」
「…ご忠告どうも。」
「カーカッカッカッ!!なーに。年寄りの気遣いという奴じゃて。」
そう言ったのちに道満は再び闇の中に消えていった。
「分かってるわよ、そんな事は。でも、やるしかない…この命を賭けてでも。」
「あの方を殺してみせる。」
志乃の誓いの言葉は誰にも聞かれる事無く、闇の中に消えていった。
怪機―九尾妖華伝― 改稿前 蒼色ノ狐 @aoirofox
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