第五十二幕 蹂躙―フラストレーション―

 「…おのれ。」


 計画に必須な【蟲毒】を壊され、しばら呆然ぼうぜんとしていた左近寺であったが、やがて周囲に響き渡る大声で叫ぶ。


 「おのれぇ!!よくも我らの悲願をぉ!!」

 「さ、左近寺さま!」

 「良いか!!奴らを一人残らず八つ裂きにせよ!!全員で必ず仕留めろ!!」

 「は、は!!」


 そう命令された陰陽師たちは叶夜たちに迫っていく。


 「やれやれ。戦力差も分からんとはのう。面倒なものじゃな。」


 玉藻がそうぼやくのに対し叶夜はただ苦笑いで返した。

 そして睦が近づくと簡単な作戦会議を始める。


 「叶夜さまは右側をお願いします。私は左を。」

 「分かった。栄介も八重のフォローよろしくな。」

 「おう!任せておけって兄貴!」

 「なんじゃ?我には一言も無しか?」


 玉藻が文句ありげにそう言うと叶夜はこう返した。


 「何だかんだで付き合ってくれるだろ?な、玉藻。」

 「…やれやれ。今はその言葉で良しとするか。」

 「では…。行きます!」


 睦のその言葉と同時に二人は左右に分かれて陰陽師たちを迎え撃つ。

 先ほどと同じように陰陽師たちは式神を呼び出し、向かってくる叶夜たちを押しつぶそうとする。

 だが、この時点で彼らには計算違いがあった。

 一つは叶夜たちが想定外の力を持っていた事。

 もう一つは【蟲毒】を気にしていたのと同胞と戦う事実で本人も知らない内に力を抑えていた八重と違い。

 仲間を傷つけられたと怒っている叶夜たちには遠慮が無かったという事であった。


 「う、うわぁぁぁぁ!?」


 式神ごと凍らされる仲間を見て動きが鈍くなる陰陽師たちを見て、睦はすかさず薙刀なぎなたで追撃していく。


 「クソォ!調子に乗るなよあやかし風情が!」


 次々に式神と【陰陽機】を撃破していく睦を止めようと左右からの挟み込みを行う者たちもいた。

 だがその程度で止められる程、睦は甘くなかった。

 睦はそっと地面に触れると左右に巨大な氷の塊が現れた。

 陰陽師たちは式神を盾に進んでいたが、氷の塊が槍のように式神を貫きその後ろの【陰陽機】も引き裂く。


 「まだまだですね。出直す事をおすすめしますよ。」


 それは陰陽師たちにとって唯一の救いの手であったが、それを挑発と受け取った陰陽師たちは攻勢を強めようとする。


 「…仕方ないです、ね。」


 睦は薙刀を強く握り込むと再び切り込む。


 「こちらにも引けない理由が後ろにあるのですから!」



 その一方で叶夜と玉藻が請け負った右側でも蹂躙じゅうりんの言葉が相応しい戦闘模様であった。


 「《狐火・桜嵐》!!」


 炎の渦が幾つも発生し、それぞれが蛇のように動き式神や【陰陽機】たちを飲み込んでいく。

 飲み込まれた式神は黒焦げとなり、【陰陽機】たちの装甲の一部を溶かすほどの妖術に叶夜は息を飲む。


 「な、何か火力が随分と上がってるな。」

 「当然じゃな。妖狐の類いにとって尾の数はそれだけの力の差を表すものじゃ。」

 「ま、お陰で楽に追い払えるからいいけどな。」

 「…のう叶夜。怖くはないのか?」

 「ん?怖いって何が?」


 心底分からないと言った叶夜に玉藻は真剣な様子で問いかける。


 「いろいろじゃ。この力を扱う事や人間と戦う事。…怖くないか?」

 「あー。うん。あまり考えない様にはしてたんだけど…な。」


 叶夜は向かってくる式神や【陰陽機】を迎え撃ちながら玉藻の問いに答える。


 「まず人間と戦う事はそりゃ怖いさ。もし一歩間違ってしまったら、そう考えると震えが止まらない。」

 「叶夜。」

 「だけど戦わない事で何かを失う事になるのなら、もし別の何かを失う事になっても戦う方がましだと思うから。だから戦うさ、後悔しないためにもな。」

 「…そうか。随分と生意気な事を言うではないか。」

 「ん。本心なんだけど。」

 「褒めとるんじゃ。」

 「で、この力を扱う事についてだけど…。」


 叶夜は一拍置いてから逆に玉藻に問いかける。


 「今更じゃないか?今までさんざん妖術を使わせておいて。」

 「…まあ、そうじゃな。」


 叶夜は鎧武者の式神との鍔迫り合いを制して切り捨てると再び妖術を繰り出す。


 「《狐火・日環》!」


 今度は円形に渦巻いている炎の輪を作り出すとそれを投げつける叶夜。

 式神たちはその円に焼き切られ真っ二つになっていく。

 陰陽師たちも何とか対抗しようとアサルトライフルを玉藻に向けて弾丸を放つが、叶夜は炎の壁を作り出しそれを防ぐ。


 「まあ何にしてもさ、友達が危機になってるんだ。助ける術があるなら助けるのが当然だろ?そう思ってたら怖がってる暇なんて無いさ。」

 「そうか。じゃったらさっさと終わらせようかのう。我はもう眠い。」

 「…大妖怪が深夜に眠くなってどうするんだよ。」


 そう突っ込みながら叶夜は迫り来る敵をなぎ倒していくのであった。



 「こ、こんな事が。こんな事があっていいはずが。」


 左近寺は自分たちが押されているという事実が信じられずにいた。

 陰陽師は妖を滅ぼす者、そう教え込まれて来た彼にとって目の前の現状は悪夢以外の何ものでも無かった。


 「り、龍宮寺だ!龍宮寺だけでも仕留めろ!」

 「そ、それが鎌鼬が邪魔をして近づく事すら…。」

 「貴様!それでも左近寺に名を連なる者か!命を賭けよ!」

 「り、了解しまし。ぎゃぁ!?」

 「何!?」


 先ほどまで話していた者の【陰陽機】が巨大な氷柱に弾き飛ばされるを見て動揺が止まらない左近寺の前に睦が現れる。


 「駄目ですよ。そう簡単に命を賭けるなどと言っては。」

 「ゆ、雪女!?貴様どうやって!」

 「どうやっても何も、一通り片をつけたのでコチラに来ただけですが?」


 よく見て見れば殆どの【陰陽機】が地に伏せており、生き残ってる者たちも遠巻きにこちらを見てるだけである。


 「き、貴様ら!!」


 見ているだけの者たちを一喝しようとする左近寺であったが、今度は右側から玉藻がやって来る。


 「なんじゃ、そちらの方が先じゃったか。」

 「その様ですね。そしてこの方が指示役のようです。」

 「み、認めん!認めんぞぉ!!」


 玉藻と睦が話していると突然に左近寺が叫び出す。


 「妖は我らに滅ぼされる存在なのだ!我らが正しい、正義なのだ!こんな事はあってはならんのだ!」

 「…と言う事じゃが、叶夜は何か言いたい事はあるか?」

 「え?じゃあ一つだけ。」


 突然に話を振られた叶夜は左近寺に問いかける。


 「…言いたい事はたくさんあるけれど。妖を滅ぼすのと一般人を犠牲にする事、全く関係ないですよね?」

 「な、何を言い出す!?」

 「結局のところ。人に害をなしたあなた達の方が妖よりも…。」

 「黙れ!黙れ!何も知らん小僧が!」

 「…ダメだこりゃ。」


 まるで子どもの癇癪かんしゃくのように否定ばかりを口にする左近寺に呆れる叶夜。


 「そのようじゃの。ではさっさと終わらせるかのう。」

 「ちょっと待って。」


 後ろから聞こえたその声に振り向くとそこには法眼が、つまりは八重が立っていた。

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