第四十九幕 助言―バッドフィーリング―

 「いやー、ごめんなさいね。いきなり来て迷惑掛けて。」

 「本当よ、全く。」


 バタバタとなった夜の翌日、帰る志乃を見送るために全員が外に出ていた。

 志乃は謝りつつも笑顔を浮かべており、昨日が楽しかった事がうかがえる。


 「やるべき事があってコッチまで来たけど…あなた達に会えて本当に良かったわ。」

 「やるべき事?」


 疑問に思う叶夜たちであったが、八重はただ一人反応を示さなかった。


 「あら八重、いつもみたいに聞かないの?」

 「聞いたって答えないでしょ、いつもみたいに。」


 過去の事を思い出し、皮肉混じりに答える八重であったが、それを聞いた志乃の雰囲気が真面目なものになる。


 「八重?」


 先ほどまでとは違う雰囲気に八重も態度を改め聞く。


 「…確かに最近隠し事ばかりであなたが反感を持つのも無理も無い事だと思う。けど、一つだけ誓える事はあの日あなたに伝えた言葉は今でも変わっていないって事よ。」

 「…。」

 「とは言っても言葉なら何とでも言えると思うでしょうね。…本来は私がやるべき事を押し付けるのは気が引けるけど、証拠として仕事を一つ任せるわね。」

 「仕事?」

 「そう。仕事。」


 そう言って志乃は一枚の地図を八重に渡す。


 「このショッピングモールに午後の一時半以降に行ってちょうだい。何をすればいいかはそこに行けばすぐに分かるはずよ。」

 「ショッピングモール。」

 「一時半以降よ、時間は必ず守ってね。」


 そう強く言い含めると志乃は八重を優しく抱きしめる。


 「お母さん?」

 「ごめんなさい八重。本当はあなたに隠し事なんてしたく無いけど…。信じて待っていて頂戴。話せる日が来る事を。」

 「…うん。」


 志乃は八重から離れると改めて叶夜たちに向かい合う。


 「こんな娘だけど、皆仲良くしてあげてね。特に叶夜くん。」

 「はい?」

 「…志乃さん?」


 冷たい目で志乃を見る睦であったが当の本人は軽く流し。


 「ごめんなさい睦ちゃん。母は娘の幸せを第一に考えてしまう生き物なのよ。」

 「…負けませんから。」

 「本人の意思を無視して進めるのを止めてくれる!?」


 八重の必死の態度に一瞬静かになるが、すぐに皆が笑い出す。


 「…じゃあもう帰るわね。玉藻ちゃんくれぐれも昨日の事、忘れないでね。」

 「お主も色々と忙しいじゃろうが、気を付けよ。」

 「ええ…。じゃあ最後は真面目に。」


 そう言って志乃は深々と頭を下げる。


 「皆さま、不肖ふしょうの娘ではありますが龍宮寺八重の事、よろしくお願いいたします。」


 そう言って志乃は帰っていったのであった。



 「それにしてもわざわざ時間指定だなんて、何が待ってるんだろうな。」


 志乃に指定されたショッピングモールに向かう途中に叶夜がそう疑問に思っていると、先頭を歩く八重がジト目で言う。


 「…ついてこなくてもいいのに。これは私の仕事だし。」

 「まあまあ。買い物には行かなければいけませんでしたし。」

 「そうだぜ龍宮寺の姉御、それに俺もたまには外出たいし。」

 「それはアナタだけの都合でしょうに、全く。」


 その後、八重は歩くスピードを緩め叶夜と並ぶと、ギリギリ聞こえる範囲で話し出す。


 「…で?叶夜くんは問いたださない訳?」

 「何が?」

 「決まってるでしょ。玉藻前がお母さんに何を言われたのか、を。」


 と言って八重はチラッと最後尾を考え事をしつつゆっくり歩いている玉藻を見る。

 その様子は明らかに昨日の夜から可笑しかったのは八重にも分かっていた。


 「ん。聞かない。」


 だが叶夜はそんな事は関係ないとばかりに言い切る。


 「玉藻には玉藻の事情ってものがあるだろうからな。触れられたく事は人にもあやかしにだってあるさ。そこに触れるのは野暮ってもんだろ?」

 「…それが命取りにならなければね。」

 「まあ確かにな。それと…。」

 「まだ何か?」

 「玉藻は必要な事ならちゃんと教えてくれるって信じてるから。」

 「…。」


 その叶夜の迷いの無い顔で言われた言葉に八重は何も言い返せなかった。

 陰陽師の立場で言えば言うべき事はあったはずであったが、八重はそれを言葉に出来なかった。


 「それにしても先ほどからやけに救急車が通りますね。」

 「だな。事故があったかも知れねぇから先に行って様子を見て来るぜ。」


 そう言って栄介は人の合間をうように先行していった。

 叶夜たちはしばらく他愛の無い会話をしつつショッピングモールに向かっていたが、その間にも救急車が何台も通っていく。


 「本当に多いな救急車。ショッピングモールで何かあったか?」

 「だとしたら陰陽師案件かも知れないわね。少し急ぎましょう。」


 少しペースを速めて進むとそこには人だかりが出来ていた。

 その隙間を縫うように栄介が戻って来た。


 「どうだった栄介。」

 「兄貴。どうやら集団熱中症らしいぜ。」

 「そんなに暑い日では無いですよね?」


 義体の影響で体温調整が普通の人間と変わらなくなった睦がそう不思議そうにしていると栄介は更に細かく話はじめる。


 「けど急にこのショッピングモール入り口にいた人間が一斉に倒れたんだってよ。時間は一致するけど妖気も感じないし妖が関わってるとは思えねぇけどな。」

 「じゃが時間の一致は偶然とは思えん。少し様子を見るべきでは無いか?」

 「…そうね。偶然とは思えないわね。」


 玉藻の言葉に頷いた八重は静かに周りを見渡す。


 「八重さん?どうしました?」


 その様子に疑問を感じたのか睦は八重に質問する。


 「…何でもないわ。今は人が多すぎて調査が出来そうに無いわ、また明日調査するわ。」


 そう言って帰ろうとする八重を叶夜が呼び止める。


 「けど折角全員いるんだし、今やった方がいいんじゃないか?」

 「あなた達には関係ない事よ。」

 「…八重さん?」


 急な八重の態度に睦がそう不思議そうに問いかけるが、八重は皆に後ろ姿を見せたまま厳しい口調で突き放す。


 「そもそも私とあなた達は仲間でも何でもない。ただの調査対象と観測者…それだけよ。いざとなったら叶夜くん、あなたを始末するのも私の仕事なのをよく思い出す事ね。」


 そう言って帰路に付く八重の後姿を見続ける叶夜たちであったが、見なくなったあたりで叶夜が口を開く。


 「致命的に悪役が向いてないな、八重。」

 「そうですね。声も震えてましたしね。」


 そう笑いあう二人であったが、栄介が疑問を呈する。


 「けどよ、なんで姉御は急にあんな態度を?協力体制は今更だろ?」

 「どうしても今回は一人で片を付けなければならん、と思ったんじゃろな。」

 「玉藻、何か分かったのか?」

 「無論じゃ。」


 玉藻は人込みの向こうを見つめながら説明する。


 「急にこれだけの集団が一斉に熱中症になるなどそうあり得ん。ならば何かしらの術によって行われたと見ていいじゃろ。」

 「けど妖気なんて感じなかったぜ?いくら何でも妖気無しでこれだけの術を使える奴なんて。」

 「頭が固いのう鎌鼬。妖気無しでも術を使う奴らの一人を我らもよう知っておろう。」

 「…まさか。」


 叶夜が気づくと睦と栄介も気づいたのかハッとした顔になる。

 そして玉藻は皆が気づいた事実をあえて口にするのであった。



 「そうじゃ。今回の犯人は妖では無く陰陽師じゃ。」

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