第四十八幕 秘密―パーティー―

 「あははははは!」


 時間は既に夕方となり、朧家では八重の母親である志乃の楽しげな笑い声が響いていた。

 あの混乱の後、戸惑う信二を家に帰らせ叶夜たち一行は朧家へと戻っていた。


 「フム!話が分かる陰陽師じゃのう!ほれ、もう一杯。」

 「悪いわね玉藻ちゃん♪」

 「なんか向こうはすっかり出来上がってるな。」

 「…本当にごめんなさい。」


 玉藻と意気投合したのかちゃん付けで呼びながら、志乃は注いでもらったお酒を飲み干す。

 ちなみにこのお酒は志乃が持ち込んだ物であり、叶夜や八重は触れてもいない。

 叶夜は後ろの様子は気にせず簡単なツマミを作っているが、それを手伝っている八重は終始申し訳なさそうである。


 「明るいお母さんでいいじゃないか。」

 「そうだけど…家じゃ無いんだから、もう少し大人な対応を。」

 「人間って面倒ね。次はこれを持っていけばいい?」

 「ああそれ持っててくれ。お疲れ様、椿。」


 元座敷童である椿がお盆を持って叶夜たちが作ったツマミを持って行くためキッチンへとやって来る。


 「別に?居候いそうろうなんだからこれぐらいやるわよ。」

 「…あっちの方はどう?迷惑掛けて無い?」

 「うるさいのと絡みがウザイの以外は特に?それよりも飲んでばかりのバカあやかしな二匹が迷惑。」


 椿がチラッと居間の方を見れば、そこには志乃と共にお酒をがぶ飲みしている玉藻と栄介がいた。


 「はぁ…」


 八重が何に対してか分からないため息を吐いていると、椿はお盆にツマミを乗せてながら何年も生きた妖として忠告しておく。


 「余計なお世話だけど、人間なんていつ別れが来るか分からないんだから、仲良くしといた方がいいんじゃない?」

 「…ありがとう。」

 「フン。」


 椿はそう言うとお盆を持って居間へと向かって行った。


 「それにしても八重のお母さん、あんな感じの人だったんだな。凄腕の陰陽師って聞いてたしもっとお堅いかと思ってた。」

 「…そうね。考えてみれば話した事は無かったかもね。」


 叶夜がなりげなく言った言葉に八重は手を止める事無く答える。


 「言っておくけど、こう見えてあの人の事は尊敬してるのよ。陰陽師としても人としてもね。けど予想外な行動を取られるのが嫌なだけ。」

 「ふーーん。」

 「何よ?」

 「いや?その割には楽しそうに話すな~と思って。」

 「…ぇ。」


 本当に予想外だったのか調理の手も止め、八重は不思議そうな顔を叶夜に向ける。


 「…ホント?」

 「そんな嘘吐かないって。どんな風に言っても母親の全部が好きなんじゃないか?」

 「…。」


 八重が黙りこんでいるとそこに、買い出しに行っていた睦が戻って来た。


 「ごめんなさい遅くなって…。八重さん?どうしたんですか?」

 「な、なんでもないわ。叶夜くん、睦さんも戻って来たしあなたは向こうのお世話をしてきてくれる。」

 「ん?分かった。じゃあ睦、帰ってきて早々だけど頼んだ。」

 「任せてください叶夜様。」


 叶夜は着けていたエプロンを睦に渡すと、居間の方に向かうのであった。



 「うっわぁ。」


 それが叶夜の居間に入っての一言目であった。

 とても自分の家の一室に向けて言う言葉では無いだろうが、それだけの現状があった。

 既に玉藻と栄介、そして志乃の三人はかなり酔っており最早何を話しているか理解してるのかも不明である。

 あちらこちらに様々な物が散らばっており、それを黙って片づけている椿が逆に異様にも見えた。


 「あら♪叶夜くん♪こっち来てお話し~ましょ♪」


 機嫌が良さそうに志乃が叶夜に近づき無理やり隣に座らせる。

 その様子を見て椿は叶夜に向けて合掌がっしょうするとキッチンの方へ向かって行った。

 叶夜はチラッと玉藻と栄介の方を見るが二人は飲み比べをしており、いざという時の助けにはなりそうにない。


 「ねぇねぇ叶夜くん?このツマミって君が作ったの?」

 「え、ええ。お嬢さんにも手伝ってもらいながら、ですけど。」

 「ふ~ん。お料理も出来るんだ…。」


 どこか得物を狙うような目で自らを見つめる志乃に恐怖を覚えつつも逃げる事も出来ず叶夜は引きつった顔で座り続ける。


 「八重はねぇ~。昔から可愛かったのよ~。」

 「は、はぁ。」


 突然の話題転換に困惑しながらも頷く叶夜であったが、続く言葉を聞いてここで無理やりにでもカットしておけば良かったと思うのであった。


 「あの子の胸って小学生の頃から大きかったんだから。」

 「ブフォー!?」


 思わぬ話題に思わず口にした水を吹き出す叶夜であったが、志乃は気にせず娘の胸の話題を広げる。


 「実を言うとね~。あの子、まだ胸は成長してるんだって~。この間も戸惑いがちに下着のオーダーメイドのためのサイトを教えてくれって言ってきてね~。可愛いでしょう~。」

 「あ、あの志乃さん。分かりましたから。」


 何とかして話題を変えたい叶夜であったが、志乃は笑顔を浮かべつつまた話題を急転させる。


 「叶夜く~ん。ウチの八重をお嫁に貰ってくれないかしら~?」

 「…はい?」


 思わぬ話題に段々と思考が停止していく叶夜に志乃は心配する母親の顔で話を続ける。


 「あの子、責任感が強いから婚期を逃しそうで…。そ、れ、に♪叶夜くんだったら仕事への理解もあるし家事も出来るし大事にしてくれそうだし。睦ちゃんには悪いけど優良物件よね~。」

 「あ、あの~。」

 「どう?ウチの八重。今ならあの子のとっておきの秘密も付いて」

 「なに言ってるの、よ!」


 そう言って持っていたお盆を全力で志乃の頭に叩きつける八重。

 その顔はどこからどう見ても真っ赤である。


 「痛い~!何するのよ八重~。」

 「何するのよ、じゃ無いわよ!そんな軽く娘の将来を決めないで!叶夜くんも困ってるでしょ!」

 「え~。でもこの間、電話で言ってたじゃない。もし結婚するなら叶夜くんみたいな」

 「もう一発喰らいたい?」


 お盆を構える八重を見て流石に不味いと思ったか志乃も黙り込む。

 ちなみに今の志乃の発言については叶夜本人が八重のプライバシーを配慮し、耳を塞いだため聞こえていない。


 「…向こうに布団を敷いてもらってるから早く寝なさい。」

 「はい…。」


 完全に勢いを削がれたのかとぼとぼと布団の方に向かう志乃であったが途中で足が止まる。


 「そう言えば玉藻ちゃんに是非伝えておきたい事があったのよ~。ちょっとだけ時間ちょうだい八重。」

 「…少しだけよ。」


 八重の許可を貰って玉藻に近づく志乃。

 既に玉藻は栄介との飲み比べで酔いつぶれていたが、志乃は無理やり玉藻を起こす。


 「ねぇ~。起きてよ玉藻ちゃ~ん。」

 「ん~なんなんじゃ一体。」


 不機嫌そうに眼をこする玉藻の耳に志乃はそっと口を近づける。


 「----------。」


 志乃は何かを口にしたが叶夜や八重にその言葉は聞こえなかった。

 玉藻は相変わらず眠そうな表情をしていたが、それがほんの一瞬歪んだのを叶夜は見逃さなかった。


 「…じゃあね~玉藻ちゃん。また明日ね~。」

 「もうお母さんフラフラ。そっちじゃなくてコッチ!」


 八重は志乃を支えながら布団がある方へ向かって行った。

 一方の玉藻は未だ眼をこすりつつ立ち上がる。


 「少し悪酔いしすぎた。外で酔いをましてこようかのう。」

 「…遠くに行くなよ。」

 「屋根の上に登るだけじゃ。…心配せんでいい。」

 「…そうか。」


 そう言うと叶夜は片づけをし始める。

 玉藻はしっかりした足取りで玄関に向かっていたが、その途中で足を止める。


 「すまんのう、叶夜。」


 それに対し叶夜は軽く手を上げて返事をするのみであったが、玉藻には逆にありがたく思えた。



 玉藻は星を見ながら一晩中屋根の上にいたが、叶夜がその理由を聞く事はついぞ無かったという。

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