第五十幕 一人―リスパンサビラティ―
その日の深夜、八重は今や自室と化した借り部屋のベットから起き上がると音を立てぬように戦闘着でもある狩衣を着始める。
(…。)
その顔には笑みは無く、午後に叶夜たちに言った言葉が頭の中で繰り返されていた。
「仲間でも何でもない、か。…よく言えたものね。」
誰よりも何よりも、そんな言葉が出ること自体が自分が彼らを仲間として見ているという何より証拠であった。
「あれだけ利用しといて…ね。」
仕方がないとはいえ叶夜を陰陽師補佐として縛り付けて戦わせておいて、そう考えて思わず
「本当に。…そんな資格なんてないのにね。」
睦の時もそして竜宮城の時も、一番事態を収拾しようと頑張っていたのは叶夜であると八重は思っている。
本来であるならばアレもどれも本来であるならば陰陽師である自分が解決すべきだったと八重は考える。
叶夜が戦うのは玉藻がいる限り仕方ないとしても、自分がもっと頑張れば安全に戦う事も出来た筈とも思う。
…だからこそ。
「今回の一件に関わらせる訳にはいかない。」
狩衣を着こみ終えると八重はそう口に出し決意を固める。
午後の一件、
どうやったかは不明であるが、間違いなく陰陽師の仕業だと八重は確信していた。
そしてアレが予行練習である事も。
「…フゥ。」
札の確認を終え、八重は一息吐き心を落ち着かせる。
母親である志乃に託されたから、という一面もある。
だが、一人の陰陽師としてあんな事をする者を許す訳にはいかなかった。
今回の件を話せば、また叶夜と睦は協力してくれるだろう。
けれどもうこれ以上、傷つく所を見たくなかった。
「勝手なのかも知れない。無意味なのかも知れない。…けど。」
この一件だけは自分だけで片を付けなければ、と八重は意思を固める。
音を立てぬように外に出て見慣れてしまった朧家を見る。
「…行ってきます。」
そう言って八重は午後に行ったショッピングモールに再び向かうのであった。
…もう戻っては来れないかも知れない、そんな不安を抱えながら。
そんな事を考えていたからであろうか、その彼女の後姿を見つめる影があった事を八重は気づけなかった。
【裏世界】。
だがその日、【裏世界】でのショッピングモールには十を超える人間が慌ただしく作業していた。
彼らも全員が狩衣を着こんでおり、陰陽師である事を隠そうとせずにある機械を整備していた。
そんな中で一人その作業を見守っていた中年の陰陽師に、若めの陰陽師が近づく。
「左近寺様。準備はほぼ整いました。朝までには【
「そうか。ならば一度手を止め集合させろ。」
「は!」
左近寺と呼ばれた陰陽師がそう命令すると、全員がその周りに集結する。
その全員を見渡し、左近寺は大声で演説するかのような大声を張り上げる。
「皆の衆!今日までよく頑張った!我らが悲願が成就する日はもう目前ぞ!!」
左近寺がそう言うとその場の者たちはワァーと歓声を返す。
中には泣き出す者もおり、彼らが本気でこの事に取り組んでいる事が分かる。
というのもこの場にいる全員が左近寺の家の者、またはそれに近しい一族の者であり
そんな中で、少し離れた所から一人の陰陽師が近づくのを誰かが見つけた。
「きさま!我らが非願成就の日に何をしてるか!」
それを遅れて来た者だと思ったある陰陽師が近づこうとするが、左近寺に止められる。
「左近寺様?」
「黙っておれ。」
左近寺は険しい様子で近づいて来る影を見つめている。
段々と目視できる位置まで歩いて来たその人物は若い女の陰陽師であった。
明らかに左近寺たちに敵意を向けるその陰陽師に動揺が広がる中で、左近寺はその陰陽師に話しかける。
「龍宮寺の手の者だな。」
「…ええ。龍宮寺志乃の娘、八重と言います。」
龍宮寺という名を聞いて周りの者がにわかに殺気立つ。
今は左近寺が話しているため誰も動かないが、許可があれば何時でも行動に起こしそうな雰囲気である。
「そうか。私の名は左近寺銀次郎。この一連の儀式の責任者である。」
「…そう。あなたがこの事件の首謀者ね。」
八重の言い換えに左近寺の顔が一瞬歪むがすぐに平常に戻る。
「分かっていないようだな龍宮寺の娘。これはこの日本を人の手に取り戻すために必要な儀式だ。決して悪ではない。」
「フーン。関係人間から無理やり精気を吸い上げるのを悪じゃないというの?」
「!…何故それを。」
「そのぐらいは起こった現象とその機械を見れば分かるわよ。」
「流石は龍宮寺の娘、と言うべきか有望だな。」
左近寺はそう笑うと八重に問いかける。
「一つ提案がある。我らの同士になる気はないか?」
「…どういう意味。」
胡散臭そうな物を見る目で八重は左近寺を見るが、当の本人は気にせず語り出す。
「不公平だとは思わないか?我々がこうして【裏世界】で妖と闘っている間も、それを知らぬ者たちは平和を
「…。」
「我々がしようとしている事は言わば税の
最後の言葉は八重も想定していた事ではあった。
午後の人々は熱中症という診断で済んだが、それで終わる訳が無いと。
そしてそれを聞いた八重の反応は。
「…はぁ。」
呆れ以外の何ものでも無かった。
「きさま!我々をバカにするのか!?」
左近寺の後ろから怒号が聞こえ始めるが気にせず八重は言葉を放つ。
「ため息も吐きたくなるわよ。何が税の徴収よ。力を持っている人間が持ってない人間を守るのは当然の事じゃ無い。自分たちが特別だと思ってるからそんな考えが出るのよ。」
「きさま…。」
「それに真の平和?どうせ妖を根絶するつもりなんでしょうけど、そんな機械で精気を集めたところで狐一匹狩れないわよ。」
八重の脳裏に映し出される玉藻はこの機械を見ても何も脅威に思わないだろう。
恐らく朝食ほどの興味も示さないであろう事は、八重にも理解出来た。
「…我らが悲願をバカにするのか?」
静かにされど確実に怒りながら左近寺は八重に問いかける。
一方で八重の方は涼やかである。
「悲願?そんな良い物じゃないでしょ。精々が自分たちが良い目を見たい、認められたいっていう欲望よ。そんな物。」
「…もう少し賢いかと思っていたが、どうやら母親同様に愚かなようだな。陰陽師としての使命を忘れ現状に満足するとは。」
「残念なのはそっちの頭よ。陰陽師の使命は妖から人々を守る事。決して家畜のように扱ったり、人々に
場に沈黙が下りる。
だがそれも一瞬で左近寺は後ろに下がっていく。
「もういい。我らが悲願を理解出来ない陰陽師は陰陽師では無い。排除しろ。」
その言葉と共に何機もの【陰陽機】が現れ、陰陽師たちが乗り込んでいく。
八重も愛機である法眼を札から出すと、素早く乗り込んでいく。
状況は今見えているだけでも一対十。
それぞれが使役している式神を含めればもっと状況は悪くなるであろうし、増援の可能性もある。
不利なのは間違いない。
だが、それでも。
(やるしかない。)
己の信じる陰陽師の道のため、八重は法眼を走らせるのであった。
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