第四十五話 大海―ソルブ―

 「逃げなくては…逃げなくては…逃げなくては…。」


 蛟は叶夜による攻撃で体の半身を失っていたが、逆にそれのお陰で槍による壁への縫い付けから脱出する事が出来たのである。

 そこから大部屋を出て目指すは竜宮城の外であった。


 「まずは傷を癒し、力を付けなければ。外に出れば吾輩に従う者たちが。」


 蛟にとって唯一幸いだったのはすぐに竜宮城の支配権を奪われなかった事である。

 力を失っている今でも蛟は半分は竜宮城の主であるため、他の者が見つけても攻撃はされない。


 「吾輩は龍に…崇められる存在に…。」


 もはや唯一の支えである願望を口にしながら蛟は必死にってゆく。

 だが後ろから自分を追いかけてくる音が聞こえ始め焦る蛟の前にある機体が現れる。



 「ちっ!手間をかけさせてくれる!」

 「文句があるなら来なくてもいいのよ?というより何で一緒に来てるのよ水虎すいこ。」

 「あ?別にいいだろうが。やる気か陰陽師。」

 「お、お二人とも。ここは協力して…。」


 今現在、叶夜たちは乙姫を連れてひん死の体で逃げている蛟を追いかけていた。

 何やら別のバトルが起きそうになってはいるが、蛟の妖気が近づくと共に強烈な何かが一緒に居る事を感じ全員が真剣な様子になる。


 「居た!蛟の奴と…何だアレは?」

 「あいつは!?」


 水虎がまるで不快な物を見たかのように言う正体に、叶夜と玉藻、八重と睦は見覚えがあった。

 忘れようにも忘れられない多くの謎を残して消えた【怨霊機】と名乗る機体を操る人物、その名は。


 「カーカッカッカッ!久しぶりじゃのう若人わこうどたちよ。こんなにも早く相まみえるとは思わなんだぞ。」

 「蘆屋、道満。」


 そう以前何とか退ける事に成功した蘆屋道満を名乗る人物。

 知っているメンバーに何故ここに居るのかという疑問が生まれる中、水虎の行動は速かった。


 「そりゃぁ!!」

 「カーカッカッカッ。危ないのう。」


 【怨霊機】に向けて槍を突く水虎に対し道満は結界で受け止める。

 しばらくは拮抗していたがやがて水虎が大きく弾かれる。


 「水虎!」

 「大丈夫だ!しかし何だあの気持ち悪い気配の奴は?」

 「分からん。じゃが実力はある。戦う気なら気合を入れよ水虎。」


 玉藻の忠告を素直に受け入れたのか水虎は無理に突っ込む事はせず距離を測っていた。

 そして八重と睦、叶夜も道満の動きを警戒していた。


 「おお、おお!道満殿、助けに来てくれたのか!」

 「…。」

 「お待ちくださいそこの方。」

 「乙姫?」


 玉藻の手の中に隠れていた乙姫はその姿を現すと道満に宣言する。


 「あなたと蛟さんがどのような関係かは知りませんが、あなたが招かれていないのは明らかです。」


 そう乙姫が言うと竜宮城の床が、いや全体が震え始める。


 「竜宮城の主として、危害を加える者を放置出来ません。すぐに出て行って下さい、でなければ…。」

 「…カーカッカッカッ!!流石は竜宮城の主!無垢な乙女に見えてもその実は強者か。」

 「…。」

 「心配せんでもいい。ここには後片づけしに来ただけじゃ。」

 「ど、道満殿。お早く。吾輩を助け」

 「五月蠅い。」


 道満は突然、叶夜たちとは違う方向に蛟を蹴り飛ばす。


 「役に立つかと思うたが、全く役に立たない貴様を片づけに来たのがまだ分からんとは。…やはり扇動せんどうする者は吟味ぎんみすべきだったのう。」

 「み、蛟さんはあなたが…!」

 「まあ元々の計画を早めさせただけじゃがな。小者にこれだけの大事は荷が重かったか。」

 「き、貴様らぁ~~~!!」


 散々バカにされたためか蛟は怒り狂い道満に襲い掛かる。


 「じゃから愚かじゃと言うんじゃ。」


 道満は振り向きもせず札を取り出し唱えると蛟は跡形も無く吹き飛んだ。


 「さてやる事も済んだし帰ろうかのう。」

 「そう簡単に帰すとお思いですか。」


 蛟を消し去り、去ろうとする道満であったが周りは叶夜たちに囲まれていた。


 「道満。あなたには聞きたい事が多々あるわ。大人しく捕らえられた方が身のためよ。」

 「カーカッカッカッ!…本気で真実を知りたいのかのう龍宮寺八重。」

 「っ!私の名を。」

 「無論知っておる。そして真実を知った時にお前さんが絶望するのも、な。」

 「勝手な事を。」

 「カーカッカッカッ!じゃが今の状態では流石にお主らは厳しいのは事実。ここはイカサマさせてもらおうかのう。」


 すると【怨霊機】から黒い霧が生まれその身を包む。


 「これは!」

 「カーカッカッカッ!では去らばじゃ!若人と妖たちよ。」


 その道満の声を最後に道満は竜宮城からその姿を消すのであった。



 「今回の件はご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。」

 「全くじゃ。随分と振り回されてしもうた。」


 その翌日、竜宮城入り口前で叶夜たちは乙姫たちに見送られていた。

 すぐに帰ろうとしていた四人であったが乙姫がどうしてもお詫びをしたいといい、ここが時間の流れが違う竜宮城という事もあり一泊させてもらったのだ。

 その夜はまさに言葉に出来ないほどの華やかな宴会が行われたのは言うまでも無い。


 「オトヒメ、ブジ、アリガトウ。」

 「ええ。私たち竜宮城に住まう者たちも感謝しております。」


 海坊主と亀も見送りに来ていた。

 海坊主は怪我は見え隠れしているが数日もすれば治るようである。

 ちなみに水虎は宴会前にその姿を消していた。

 ただ叶夜に宛てて「また会おう。」と書かれたメモを残して。


 「乙姫さん。苦しかったら…。」

 「いえ睦さん。もう大丈夫です。…今でも彼を思い出すのはつらいです。けど苦しかったら誰かが支えてくれる、という事を教えて貰いましたから。」


 そう笑顔で言う乙姫に睦と八重は安堵したのかホッとした様子を見せる。


 「では先導は防衛隊に任せます。皆さん暇があればまた来てくださいね。」

 「もう来んと思うぞ。…また自殺するなら別じゃがな。」

 「た、玉藻さん!!」


 皆の間に笑いが起きた数分後、叶夜たちは竜宮城を去ったのであった。



 「で、結局どんな関係だったんだ?」

 「ん?ああ。乙姫との事かのう?」


 【表世界】に戻って来た時は朝方になっていた。

 三人一緒に戻ってきたことを信二に説明するという些細な問題はあれど、無事に時間が過ぎ、帰ろうかという時に叶夜は玉藻に聞いた。


 「結局聞けず仕舞いだったしな。」

 「…なんてことは無い。妖として生まれたばかりの奴に少しばかり物事を教えてやった、それだけじゃ。」

 「へぇ~。じゃあ師弟みたいな関係?」

 「違うような気もするがのう。…まあいいじゃろ。」


 玉藻はそれから少し黙りこんだが小さく口を開く。


 「じゃから、まあ。…よくやったのう叶夜。」

 「…え?何だって?」

 「ええいニヤニヤしながら聞くでない!絶対聞こえとったじゃろ!!」


 そんな風に騒ぐ彼らを海は優しく見守っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る