第四十四幕 激痛―エスケープ―

 「吾輩の努力を無駄にする?…笑わせるなよ人間がぁ!!」


 叶夜に挑発されたみずちは、怒り心頭な様子で大きくえる。

 その咆哮ほうこうは部屋全体が振動するほどであったが叶夜は一切動じる事は無く、玉藻は蛟を見つめたまま仁王立におうだちしている。


 (っ!落ち着くのだ蛟よ。これは罠だ。)


 動揺を見せない玉藻を見てか逆に落ち着きを取り戻し始めた蛟は罠である事を疑い始める。


 (怒り狂った吾輩を挑発し冷静さを失ったところで三機で襲うつもりに違いない。なんと小ズルい奴め!)


 本人が聞いていればツッコミが入れられるであろう考えを巡らせながら蛟は己の勝ち筋を探る。


 (まずあの人間を襲う振りをして陽師を人質に取る。そうすれば奴らは何も出来まい。痛めつけるのはそれからでいい。おぉ!何という完璧な勝ち筋、やはり吾輩こそが上に立つべき者!)


 己の勝利を確信する蛟であったが、策を実行すべく表情では未だに怒り心頭であった。


 (ククク。待っていろ乙姫。すぐにこの五機を倒して…?)


 そこで初めて蛟は思考を一旦止める。

 果たしてなぜ自分は三機の敵を五機と考えてしまったのであろうか?

 その答えは目の前にいながら攻撃してこない玉藻にあった。


 「なっ!貴様!ふ、増えている…だとぉ!」


 そう、そこには刀を構えたまま蛟を見つめている玉藻が三機も存在していた。


 (ええい!惑わされるな!これは狐の得意な幻術に違いない!)


 動揺する蛟であったがすぐさまその正体を見抜いた。

 そう玉藻が増えたのは実体は持たない幻術であった。

 だが三機の玉藻は刀をそれぞれ振り上げつつ蛟へと攻撃を行おうとしていた。

 それに対し蛟は結界も張らず防御の姿勢を取った。


 (幻術であれば、真に攻撃してくるのは一機のみ。ならば!傷を与えたのが本物という事!それさえ分かれば。)


 そう考えている間に、三機の玉藻によって刀は振られる。

 そして。


 キン。

 キン。

 キン。


 刀が蛟の装甲を傷を付けた音がなった。


 「グアァァァ!?ば、バカな!三機とも攻撃してきた、だと!?」


 思わぬ攻撃を受けて叫ぶ蛟であったが三機の玉藻の攻撃は止まらない。

 三機の玉藻のそれぞれの攻撃によって蛟の装甲は徐々にボロボロとなっていった。


 「どうなって、どうなっているのだぁ!?」


 訳も分からず攻撃を受ける蛟を見ながら八重と睦は話していた。


 「終わったわね。あの手品が見破れないなら叶夜君と玉藻前の勝ちは決まったも同然ね。」

 「ですね。もう少し冷静なら分かったかも知れませんが。」

 「分かったとしても蛟に対処出来たとは思えないけどね。何せ武器自体は本物な訳だし。」


 そう、蛟が察した通り二機の玉藻は幻術によって作り出されたものであり実態は無い。

 だが持っている(ように見える)刀は妖術によって作り出された本物でありそれを幻の動きに合わせて動かしているのである。

 言うほど容易い事では無いが、初手で動揺している蛟には若干の動きのズレが見破れないでいた。


 「で、どうします八重さん?援護、します?」

 「必要ないでしょうね。むしろ邪魔になるでしょうし…ね。」

 「…。」

 「…。」

 「どんなに力を得ても叶夜様は変わらない。そう思いますよ。」

 「…だといいけど。」


 自分の考えを見透かしたように言う睦は八重は気に入らなかったが、それでも睦は八重に言い続ける。


 「そうですよ。無理だと諦めるよりも信じた方がいい事がありますよ。経験者だからの言葉です。」

 「…。」

 「だから八重さんも信じてあげましょうよ。叶夜様の心の強さを。」

 「…そうね。そうした方がいいのかも知れないわね。」


 (今は。)


 誰にも聞こえないような小声は激しい剣戟の音にかき消されるのであった。



 「ハァ…ハァ…ハァ…。」

 「どうした叶夜。もう限界か?」

 「バカ言え、ここから、だ!!」


 二つの幻術を操り、二本の刀を操作、更には玉藻自身も操っている叶夜には疲労が溜まっていた。

 少しでも気を抜けば幻術は消えてしまうので常に気を張らなければ行けなかったからである。

 だが叶夜には、そして玉藻にも確信があった。

 ここで蛟を倒せるという確信が。


 「ええい!うっとうしい!!」


 蛟が三機の玉藻を振り払うために尾を大きく薙ぎ払う。

 全ての玉藻がその攻撃を避け、蛟には大きな隙が出来た。


 「今じゃ叶夜!教えた通りにやれ!」

 「了、解!!」


 叶夜は幻術を解除して真っ直ぐに蛟に突っ込む。

 そして頭部までたどり着くとそこに玉藻の手を置き何かを唱える。


 「邪魔だぁ!」


 蛟が振り払おうと頭部を振るのと同時に玉藻はそこから離脱する。


 「何をする気だったかは知らんが、そう簡単にやらせると思うなよ人間!」


 無事に着地する玉藻に対し蛟はそう吠える。

 蛟が次の言葉を出そうとした時、異変は起こった。


 「ガ!?グガァァァァァァ!?」


 突如、蛟が痛みに悶えだしたのであった。

 そして先ほど玉藻が触れた部分から徐々に何かが侵食しんしょくしていくのと比例して痛みの範囲も広がっていった。


 「貴様がしでかそうとした事に比例する術をくれてやった。我の妖力を貴様に侵入させ内側から破壊する。その痛みはただの拒絶反応じゃ。」

 「グアァァァァァァァァ!!痛い!痛い!」

 「聞いてないみたいだぞ、玉藻。」

 「そのようじゃな。さて一思いに止めを刺してよるかのう。」


 玉藻はそう言うと痛みに悶える蛟を見ながらただ一言こう唱えた。


 「『滅』」


 すると蛟の体を侵食していた玉藻の妖力がまるで刃のように内側から装甲ごと貫き飛び出してきた。


 「…!…!」


 もはや体の半分以上が吹き飛び、声にもならない叫びを上げる蛟であった。

 だが蛟はその状態のまま玉藻に突撃してくる。


 「しつこい!」

 「悪あがきもいい加減にせい!」


 そう言って刀を構える玉藻であったが、突然に飛んできた槍が蛟の体を貫く。

 蛟は槍ごと壁にめり込んでしまった。


 「今の槍って…。」

 「…気が削がれたのではないか?水虎すいこ?」


 振り向くとそこには確かに去ったはずの水虎がそこにいた。


 「ああ。よく考えたら落とし前をつけないと、と思って戻って見たが。その必要は無かったみてぇだな。」

 「それで?まだやり合う気はあるのかのう?」


 その会話の間にも八重と睦が庇える位置に移動し、警戒する。

 だが水虎は肩をすくめると残念そうに言った。


 「まさか。やり合ったら楽しいのは認めるが弱ってる相手にタイマン張る気は無ぇよ。」

 「まあ流石に今は止めて欲しいけど…いいのか?」

 「オウ。そのかわりもっと力を付けてくれよな。さて、槍を回収…あ?」


 水虎の声に合わせて皆がその方向を見て驚く。

 そこには壁に突き刺さった水虎の槍…しか無かった。


 「…逃げた!?」

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