第四十二幕 急転―ミスアンダースタンディング―

 みずちは【鉄ノ器】を使うと人型から徐々に見上げるほどの大きな大蛇のような鉄の蛇となった。


 …そう、なったのだが。


 「…ん?」

 「これは…。」

 「え?」


 上から叶夜、睦、八重のそれぞれの微妙な反応が重なる。

 確かに妖力は高まったうえ、巨体となり相手にするのは手こずりそうではある。

 だが。


 「なんじゃその程度か?」


 皆が言わずいた事を玉藻がズバッと切り込む。

 そう、言ってしまえばそれだけの事である。

 乙姫から力を吸い取ってきたにしては蛟から発せられる妖力は少ないモノであった。


 「…なんだこれは。」


 そして予想外であったのは蛟の方も同じだったようで。


 「なんだと言うのだ、これはぁぁぁぁ!!!」


 思わぬ事態に叫び散らす蛟、その姿からは先ほどまで見せていた余裕はどこにも無い。


 「乙姫!貴様!吾輩をだましたのかぁ!!」

 「え?え?何の事か分からないのですけど?」


 本気で事態が分からないと言った様子の乙姫に蛟は今にも噛みつかんばかりに詰問きつもんする。


 「とぼけるな!貴様が自殺するために我に力を渡す。そういう条件だったはずだ!それとも貴様の力はこの程度だと言うつもりか!?」


 そう、叶夜たちもそう聞いてこの竜宮城まで来たためにこの状況は不可解であった。

 そんな中で乙姫は一人納得したかのように手をポンと叩く。


 「ああ!なるほど!どうやらすれ違いがあったようですね!」

 「すれ違い?」


 八重がそう聞き直すと乙姫は屈託くったくの無い笑顔で蛟に説明する。


 「蛟さん。私がお渡しすると言ったのはこの竜宮城の支配権とそれを維持するだけの妖力です。私自身の妖力をお渡しするとは一言も言ってませんよ?」

 「「「「「「は?」」」」」」


 思わず乙姫以外のこの場に居る全員から漏れた言葉を聞いていないのか乙姫は更に説明する。


 「ですから、この竜宮城の所有権を蛟さんに移せば私は竜宮城に乙姫は必要なくなります。竜宮城の主でなくなった乙姫は乙姫と呼べませんから存在が消滅する、そう言った意味な、の、ですが。あ、あの、玉藻さん?ど、どうしてこちらを向いて殺気に似た何かを振りまいているのでしょう?」

 「乙姫、お主、今日が忘れられん程の説教をするからの。」

 「ふ、フフフフフフフフフフ!!!」


 場が弛緩しかんしかけていると突然、蛟は笑い出した。


 「ふざけるなぁ!!」


 しかしその笑いが引っ込み突然怒りをあらわにすると蛟はその尾で乙姫を潰さんと大きく振り上げる。


 「っ!!」


 間一髪のところで叶夜が反応し玉藻の手の上に乙姫と亀を乗せて大きく後退する。

 だが蛟は関係なしに暴れまわる。


 「一体!!吾輩が!!どれほど!!この日を!!待ち望んで来たと思っているのだ!!小娘ぇぇぇぇ!!」

 「うわぁ、相当頭に来てるみたいだな。自業自得だけど。」

 「苦労して得たのが僅かな妖力では嘆きたくもなりますよね。同情はしませんが。」

 「あ奴もある意味乙姫にもてあそばれた犠牲者じゃな。どうでもよいが。」


 叶夜と睦、そして玉藻がそれぞれの感想を言う中、八重だけは真剣な様子で法眼の戦闘態勢を整える。


 「三人共油断しないで。元々の目的は変わっていないし、強敵なのは変わらないわ。」


 その言葉に真剣さを取り戻したのかそれぞれ戦闘態勢に入る。

 一方で蛟は暴れまわって少しは落ち着いたのは今は動きを見せない。


 「クク。クハハハハハハハハハハ!!」


 だが突如笑い出し天井を見上げる。


 「いいだろう乙姫!もうこの際は手順などもうどうでもいい!!貴様から受け取ったこの力で出来る事をしてやろうではないか!!」

 「何を…!?」


 何をする気なのかと問う暇も無く、蛟の妖力が上がっていくのをこの場の全員が理解した。


 「乙姫様!これは!?」

 「ええ、間違いありません。蛟さんはこの竜宮城にいる妖すべてから妖力を吸い上げる気です!」

 「吸い上げるって、そんな事出来るのか!?」


 叶夜の質問に乙姫は答えず何かを唱え始めたので代わりに亀が答える。


 「はい。竜宮城の緊急時のシステムの一つです。今現在蛟は竜宮城の支配権を恐らく半分ほど持っているはず。それを利用し自らに妖力を集める気です。」

 「だったら早く止めないと大変な事になるわね。」

 「ええ、いま乙姫様は残り半分の支配権を使い妖力の徴収ちょうしゅうを停止させているところです。…改めてお願いします。乙姫様を、この竜宮城に住まう全ての者をお助け下さい。」

 「言われるまでも無いわ。陰陽師としてあんな危険思想の妖、野放しに出来ないし、ね!」


 そう言って八重は蛟に向かって札を飛ばす。

 蛟に向かって飛んで行った札は巨体に張り付き爆発を起こす。


 「グオッ!?おのれ!!陰陽師風情が!!」


 乙姫との支配権勝負に気を取られていた蛟であったが、流石に目障りになったのか視線を八重の方に向ける。


 「そんなに死にたいのなら今すぐ殺してやる!」


 そう言って再び尾を振るい法眼に叩きつけようとするが、突如現れた氷の壁に阻まれる。


 「そう簡単にやらせません!」

 「ええい!どいつもこいつも!」


 睦も参戦し完全に蛟の意識が二人に向いたところで叶夜は乙姫と亀を大部屋の外へ避難させる。


 「敵なんて来ないとは思うけど二人とも気を付けて。」

 「ええ。補佐殿もお気をつけて。」

 「あの!玉藻さんの乗り手さん!」


 叶夜が二人の助力をするため向かおうとすると乙姫に呼び止められる。


 「何ですか?乙姫さん。」

 「色々聞きたい事もあるので死なないで下さいね!」

 「そうやって男をたぶらかす手口じゃな。恐ろしいのう。」

 「違います!純粋にお話したいだけです!」

 「まあ我も言いたい事が多々ある。乙姫、正座の準備でもしとれ。」

 「う!?…そ、それで無事に帰ってこれるなら何時間でもしますから!…無事に戻って下さいね玉藻さん。」

 「当たり前じゃ。」


 それだけ言うと二人は刀を妖術で造り上げると跳躍ちょうやくし、蛟に切りかかる。


 「ガァ!き、貴様らぁ!!」


 振り払われる玉藻であったが、無事に着地するとそれをカバーするために八重と睦が近づく。


 「叶夜様!大丈夫ですか!」

 「全然大丈夫。でもやっぱり硬いな。」

 「まあ一応それなりの妖力じゃからな。お主らも気を抜くと質量差であっという間じゃぞ。」

 「ならそうならないように全員、気合いを入れて行くわよ。」


 三機が蛟に向かって武器を構える様子を見て蛟はイライラしつつも叫ぶのであった。


 「たかが陰陽師と妖の三匹でこの蛟を止められると思うなよ!吾輩は必ず海妖の、いや全ての妖の王となるのだ!!」


 元凶である蛟との戦い、それがいま始まろうとしていた。

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