第四十一幕 説教―リヴィル―

 「た、玉藻さん?ど、どうしてこちらに…。」

 「この亀にお主を何とかして欲しいと泣きつかれてのう。まあそれまでの経緯はどうでもよかろう?今の状況は、のう。」


 【怪機】状態の玉藻は、乙姫を見下ろせるぐらいの位置に陣取るとただ一言こう命令した。


 「乙姫、正座。」

 「は!はいぃぃぃぃ!!」


 目にも止まらぬスピードで言われた通り正座する乙姫を見て、当の本人たち以外が疑問に思う中で玉藻が重い口を開く。


 「…のう乙姫。」

 「な、何でしょうか玉藻さん。」

 「最後に分れた時に確かに言うたよのう?『人の上に立つ者はあやかしだろうと人間だろうとその務めを果たさなければならぬ。』と。」

 「も、勿論憶えています。この千年以上の時が経っても忘れていません。」

 「ほう。ほ~う。生きるのに嫌気が差して死ぬ事にして周りに迷惑を掛けているこの状況もその務めの一端なのかのう?」

 「うっ!?そ、それは…その…。い、色々と訳がありまして…。」


 しどろもどろになりながらも答える乙姫であったが、そんな彼女を見る玉藻の目は【怪機】状態でも分かるほど冷ややかである。


 「うむうむ、そうじゃろうな。まさかまさか海の妖のまとめ役、竜宮城の主である乙姫とあろう者が訳も無く周りにろくな説明もせず、言われるがままに他の者に力を譲り、自身の影響力も考えず自殺など行う訳も無い。じゃろ?オ・ト・ヒ・メ?」

 「ハ、ハヒィ。」


 もはや言語化すら難しいほど追い詰められているのか乙姫はそう言ったきり顔を伏せ震えるのみで何も言おうとしない。


 「…はぁ~。のう乙姫。」


 ピクッと肩を震わせる乙姫に対し玉藻は声を和らげて語り始める。


 「お主の気持ちは、正直言って分からんでもない。」

 「え?」


 乙姫は顔を上げ玉藻を見上げる。

 相変わらず【怪機】なので無機質な顔であったが、見る者が見ればどこか優しげにも見えた。


 「長き時を生きて思い続ける想い人が自分をどう思っていたか、我にもそんな事を思い悩んだ事もあるにはある。」

 「玉藻…。」


 今まであえて黙っていた叶夜がそこで驚きにも感嘆にも似た声を出す。

 その声は他の者には届かなかったが玉藻にはしっかりと聞こえていたが、玉藻は未だ乙姫に話しかける。


 「正直に言えば我はお主が死のうと滅ぼされようと一向に構わん。勝手に決めればいい。」

 「た、玉藻どの!?」


 衝撃の発言に亀が驚きの声を上げるが玉藻は無視し、乙姫に話し続ける。


 「じゃが死ぬ前に周りの者にも相談しておけ。…お主に生きて欲しいとここまで無茶をした者もおるんじゃからな。のう亀、お主も何か言うておけ。」

 「亀さん…。」

 「…。」


 亀は玉藻に言われると乙姫の前に移動する。

 そうすると亀の目からは涙が流れてきた。


 「亀さん!?どうしたのですか!?ここに来るまでに怪我でもしましたか!?」

 「いえ、…いえ。ただ嬉しいのです。あなたが生きてくれていた事が。」

 「…。」

 「乙姫さま。あなた様が抱えていらしゃるその罪はあの時あの方を竜宮城に連れて来た私にもあります。」

 「そんな事は!?」

 「いえ。あの時興味本位で陸に上がってしまわなければ、あなたは恋は知らずとも苦しむ事はなかったはずなのですから。」


 そう言って頭を下げる亀の手を取り乙姫は涙ながらに語る。


 「…確かに苦しい事もありました。何故こんな想いを抱いてしまったのかと思う日もありました。」

 「乙姫さま。」

 「けれど。あの時の、あの日の記憶は千年経とうと色あせる事はありません。この記憶は…私の宝物なのです。」


 そう言うと乙姫は亀を抱きしめる。


 「そしてごめんなさい。こんなにも思ってくれる友がいるのに勝手に死のうとした事を。」

 「乙姫さま、では!」

 「はい。自殺は取り止めです。ご迷惑をお掛けしました。」

 「…ほとんど蚊帳かやの外だったけど丸く収まってよかったわね。」

 「ええ。本当に。」


 皆がそれぞれ安心する中で叶夜は玉藻に声を掛ける。


 「お疲れ玉藻。中々の名説教だったよ。」

 「まだ言いたい事の半分も言ってはおらんのじゃがのう。まあ良きところに収まったのじゃから良いとするか。…さて、残す元凶はどこかの?」

 「ん?何かまだあった…あ。」


 場の空気によって忘れかけていた騒動のもう一人の元凶の存在を思い出す叶夜。

 同時に乙姫に向かって何かが飛来してくる。


 「乙姫さま!」


 その場にいた亀が乙姫をかばいその物体にぶつかる。


 「亀さん!」


 乙姫だけでなく八重や睦も近づいて亀の具合を見る。


 「あ、安心してください。甲羅にヒビが入っただけです。」


 よく見てみると確かに甲羅にヒビ以外は怪我は無さそうであった。

 だが問題である飛来物は持ち主の手の中に戻っていった。


 「うむ。どうやらお出ましのようじゃのう。」

 「イケませんな乙姫様。逆賊とそのように楽しく話されては。思わずあなたごと串刺しにしてしまうところでした。」


 奥から現れたのは人間のようでもあったが頭は蛇であり体も鱗に覆われている。

 叶夜たちはその姿を始めて見るがその者が何者かはハッキリしていた。


 「蛟さん!?どうしてこんな事を!?」


 乙姫がそう叫ぶと同時に全員が確信を持ち戦闘態勢に入る。

 対する蛟は楽しそうに乙姫を見ている。


 「クックックっ。どうしても何も邪魔者を排除しようとしただけですよ?そう吾輩の竜宮城に、ね。」

 「…最初からそのつもりだったのですか。」


 乙姫が蛟を睨みつけるが、蛟は実に楽しそうにしている。


 「これは驚いた!あなたにそう思えるだけの頭があるとは!」

 「…っ。」

 「それにしても下等な人間に惚れた上にそれを思い続け、ついには命を絶とうなどと…。アハハハハ!!喜劇にもほどがありますなぁ!!」

 「!あ、あなたという妖は!」

 「止めておけ乙姫、あれはそういった見方しか出来ないやからじゃ。どれだけ言っても疲れるだけじゃ。」


 玉藻が乙姫にそう忠告すると悔しそうにしながらも彼女は黙った。

 すると蛟は今度は玉藻を標的に定める。


 「おやおや?何やら駄犬ならぬ駄狐が吠えておりますねぇ。弱体化して三尾程度になった狐の言葉など聞こえませぬなぁ。」

 「弱い犬ほどよく吠えるとはよく聞くがのう。まさか蛇もそうじゃったとは、驚きじゃな。」


 玉藻がそう言い返すと蛟は大声で笑いだす。


 「アハハハハ!!どうやら狐もボケが来たようだなぁ!!乙姫から力を吸い取り続けたこの真の竜宮城の主たるこの蛟の妖力に気付かないとは!!」


 蛟がそう言うと体中から妖力があふれ出ているようにも見える。


 「まだ完全には吸い切っていないが仕方ない!見るがいい!この蛟の!いや、大海の主、蛟の姿をな!!」

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