第三十九幕 闘争―インディケーション―

 竜宮城の中心部に続く中央通路の前で、叶夜と玉藻は水虎すいこと激しい戦いを繰り広げていた。


 「オラァァァァァァ!!」


 水虎は雄たけびを上げながら自身の得物えものである槍を振り下ろす。


 「そう簡単に当たるか!」


 叶夜は何とか避けるが、その一撃が通路に当たり大きくえぐれるのを見てその威力を感じ取る。


 「まだまだ!そら、そら、そら!!」


 続けざまに水虎は避ける暇すら与えないと言わんばかりに突きを繰り出して来る。

 そのスピードは以前より確実に上がっていた。


 「チィ!」


 突きを躱しきれないと感じた両手だけでは無く、玉藻の周囲にも刀を作り出し突きを切り払おうとする。

 だが全ての突きを防ぎきれず、致命傷では無いが装甲に傷が入る。


 「玉藻!大丈夫か!?」

 「我の心配より目の前に集中せい叶夜。」


 叶夜は狐火を作り出だして水虎に向けて放つ。

 直進するだけの狐火を水虎は当然のように切り払うが、叶夜はその間に距離を取る。


 「以前より動きが良くなってるじゃねぇか。それでこそ戦いがいがあるってもんだぜ、叶夜。」

 「はぁ…はぁ…。お前に言われたくねぇよ水虎。どうやったらそんなに強くなれるんだよ。」

 「はぁ?そんなの他の奴と殺り合ってきたに決まってるだろうが。」


 叶夜の言葉に水虎は当然のように答えるが、その答えに叶夜は内心呆れる。


 「この戦闘バカが。」

 「そいつは俺にとっては褒め言葉だぜ。と言うかその言葉は大概たいがいあやかしに当てはまるんじゃねぇか?なぁ九尾。」

 「貴様と一緒にするでない。我にとって戦闘は手段に過ぎん。」

 「そうか?昔に人間の軍勢と殺り合ったんだろ?」

 「確かにやらかした事もあるが戦闘が好きな訳では無いわ!」


 そのように語り合いながらも叶夜と水虎は互いの距離を見計らっている。


 「…ハハ!!」


 その最中に水虎が急に笑い出す。


 「急に何だよ水虎。」

 「いや悪い悪い。お前らとの戦いはやっぱり楽しいな、と思ってな。」

 「はぁ。何でそんなに戦いが好きなんだか?」

 「…ガハハハハハハ!!」


 叶夜が思わずらした言葉に水虎はそれこそ爆笑しながら答える。


 「そんなの決まってるだろ。戦いこそが、俺が俺である証明だからだ!」

 「どういう意味だ?」

 「…俺たち水虎には決まった形は無ぇ。俺がこんな虎人の姿なのは見た目で水虎だと分かりやすいからだ。」


 水虎は玉藻を、そしてその中にいる叶夜を見つめながら語り続ける。


 「形があやふやな俺にとって戦いこそが水虎の中での俺という存在を証明してくれる!特に強い相手だと尚更だ!」

 「水虎。」

 「さぁ、もっと殺り合おうぜ叶夜に九尾。俺の存在を刻みつけろ!」


 そう言って水虎は槍を構えて突進する。


 「!!」


 その突撃に対し叶夜は再び刀を両手に構えると迎え撃つ体制に入る。


 「オラァ!」


 水虎は突進の勢いのまま槍を突き出す。

 叶夜はそれを二本の刀で防ぎ、直撃を避けようとする。

 だが直撃は避けたが突きの勢いに負けて刀が破壊される。


 「まずっ!」

 「もらった!」


 その隙を逃さず水虎は再び突きを繰り出す。

 避けるのが間に合わないと察した叶夜は狙われた腹部のみに結界を張る。

 だがその結界を突き破り突きは玉藻は腹部の装甲に当たり吹き飛ばされる。


 「ガハァ!」


 叶夜は叩きつけられたその衝撃に肺の空気を押し出されるような声を出す。


 「っ!…これは、かなり効いたのう。」


 玉藻がそう言葉を漏らすほどの水虎の突きであったが、叶夜の判断が功を奏したのか幸いな事に玉藻の装甲は貫かれてはいなかった。


 「痛っ…!」


 だがその幸運も、玉藻の衝撃がフィードバックされ激痛に藻掻もがく叶夜にとっては判断が付かない事であった。

 そして激痛で意識が飛びそうになる与人には、水虎が近づいて来るのに気づいてはいたが立ち上がる事すら出来ないでいた。


 「叶夜!」

 「…!!」

 「どうやらここまでのようだな。」


 そう言って水虎は立ち上がる事が出来ずにいる玉藻に槍を突きつける。


 「じゃあな叶夜。お前の名前はしっかり俺の中に刻んでおくぜ!」


 水虎は躊躇ちゅうちょする事無く玉藻の首を狙い、槍を振り上げる。


 (…ここまでかのう。)


 玉藻も絶望的な状況に覚悟を決めたように諦める。

 そして槍は全力で振り下ろされて運命は決まったかのように思えた。


 ガキン!


 「はぁ!?」

 「なぁ!?」


 金属が打ち合う音が鳴り響き、同時に水虎と玉藻が驚く声が重なりあう。

 その音の正体の一つである弾かれた水虎の槍が遠くに突き刺さる。


 「はぁ!…はぁ!…はぁ!」


 そしてもう一つの音の正体である刀は先ほどまで倒れていたいた筈の玉藻に握られており、水虎の後ろに移動していた。


 「…叶夜、お主。」


 この起こった現象に対し玉藻は何もしていない。

 ただ叶夜が咄嗟とっさに先ほどまで出来なかった、水虎の槍の強度に負けない強度の刀を作り出し、その上で水虎が気づけないレベルで動いただけである。

 だが、この事実がそれだけで済まない事は玉藻が一番よく分かっていた。


 (…次の段階に行こうとしとるのかも知れんのう。)


 玉藻はそう思いつつ【怪機】となった現在は封印されている六本の尾の内、二本がうずくのを感じた。


 「…。」


 水虎は自らの手と玉藻、いや叶夜を見比べながら弾き飛ばされた槍を取る。

 しばし両方が無言になるが、その間に入ってくる者がいた。



 「ケッケッケッ!!そこまでだ侵入者!こいつを見ろ!」


 そいつはウツボの顔をした魚人の【怪機】であった。

 何かしらを見せつけて来るウツボの手の中を見ると、叶夜の顔がこわばる。


 「も、申し訳ありません。捕まってしまいました。」


 そこには隠れていたはずの亀が握られていた。

 ウツボが少しでも力を込めれば今にも潰されてしまいそうであった。


 「ケッケッケッ!!妙な真似をするなよ人間!」


 そう言いつつウツボはゆっくりと見せつけるように水虎に近づいていく。


 「クッ!!」

 「ケッケッケッ!!流石は蛟様。こんなに簡単に伝説の九尾を無力化できるとは!さて、蛟様に逆らうバカはどう痛めつけてやろうか?」


 やがて水虎のそばに移動したウツボは、水虎に命令する。


 「さあ水虎!思う存分痛めつけるといい!!」

 「…おう。そうするか。」


 そこからの展開は一瞬であった。


 「ギャァァァァァ!!」


 水虎は持っていた槍でウツボの腕を切り落とし亀を救出すると、さらに騒いでいたウツボを門の方に蹴り飛ばす。


 「ガハァ!!み、水虎!貴様!裏切るのか!?」


 ウツボが傷口を抑えながらそう叫ぶと水虎は呆れたように言い放つ。


 「何言ってんだお前。俺は乙姫の頼みで番をしてるだけだぞ。蛟の事なんて知らなぇよ。…それに。」

 「ひぃ!!」

 「そんな理由で俺の戦いを邪魔しといて、ただで済むわけねぇよな!」


 水虎からあふれる殺気に怯えるウツボであったが。


 「う、ウォォォォォォ!!」


 やけになったのかウツボは首を伸ばし水虎に噛みつこうとする。


 「させるか!」


 だがそこに叶夜が割って入り、伸びきったウツボの首に刀を振り下ろす。

 ウツボは悲鳴を上げる事も無く首と胴体が離れるのであった。

 刀を構えたままの玉藻に、水虎が無造作に近づく。


 「チィ、余計な事を。」

 「まあそうだろうけどな。こっちも結果として助けて貰ったしな。」

 「単に邪魔から排除しただけだがな。」

 「そう言うと思うた。」


 やがて誰からと言わず笑い出し、殺し合いをしてたとは思えないなごやかな雰囲気になる。


 「あの。よろしいでしょうか?」


 その間に亀がひょこっと顔を出す。

 その様子からして怪我などは負っていないようである。


 「水虎様。この度はお助け頂きありがとうございました。」

 「だから助けた訳じゃ。…まあ、いいや。」

 「で、どうするんじゃ水虎。まだ殺り合う気か?」

 「分かってる癖に探るんじゃねぇよ九尾。気が削がれちまった、好きな所に行きな。」

 「いいのか?」


 槍を肩に担ぎ、去って行こうとする水虎に叶夜は声を掛ける。


 「いいんだよ、元々お願いだしな。じゃあな叶夜に九尾、また会おうぜ。」


 そう言って水虎はどこかに消えていったのであった。


 「…。」

 「時間がありません補佐殿。お早く。」

 「行くぞ叶夜。心配せんでも水虎とはまた会う事になる。…奴が強者を求める限りわな。」

 「分かってる。…よし行こう。」


 そう言って叶夜と玉藻は、亀と共に門番のいなくなった中央の道を突き進むのであった。



 その中で玉藻は覚醒かくせいの時間が近い事を感じていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る