第三十八幕 思慮―リフレクション―

 ―人生は選択の連続、というのは誰の言葉だったかしら?


 ともかくそんな言葉が名言として後世に残るぐらいには人間の一生というモノは選択をし続けなければならない。

 だけれども、この選択にはそもそも正解が無い。

 正確に言えばそれを選んだとしてそれが正解かどうか分からない、と言った方が正しいと思う。

 もしかしたら玉藻前みたいなあやかしや神という存在からすればそこに在るモノかも知れない。

 けれど、他ならぬ人の身である私にはその選択が正解なのか頭を悩ませなければいけない。

 まして連続した選択の先の答えが正解であるかなど、一生を掛けても分からない事である。


 ―だというのに。


 そう、だというのに。

 私はついつい考えてしまう。

 これまでの選択が、本当に正しかったのかを。

 その選択の先に待ち受ける得体の知れないモノを。


 ―選択に後悔は無い…けれど。


 私はその場その場で正しいと思える選択をしてきた、それは間違いはない。

 それはこの場にいない彼も一緒だろう。

 選択がかみ合わなくてもそれがお互いに正しいと思える事なのだから仕方が無い、まして結果として良い方に行くのであれば尚更なおさら


 ―だからこそ不安なのよ。


 彼が危険を冒してまで自分にとっての正解をつかみ取ろうとする様子が。

 玉藻前がそんな彼を自身の乗り手として認めている事実が。

 そして彼をより深みにめているような気になる私自身が。


 ―不安で仕方がない。


 もしこの不安が当たり、彼に何か取返しの付かない何かがあるとするならば。

 私はその責任が取れるのであろうか?


 ―そんな事を考える。



 「ガッハッハッ!!死ねい!!」

 「!!」


 敵の笑い声で思考の渦から脱出した八重は間一髪のところで投げつけて来た小刀を錫杖しゃくじょうで弾く。


 「ガッハッハッ!!どうした小娘!!この鯱の威容いように恐れをなしたか!!」

 「…さあ?どうかしらね?」


 単に考え事をしていただけであるが、勝手に勘違いしているならそれでいいと八重は曖昧あいまいに答える。


 (戦いの途中で考え事なんて…そうとう重症ね、私。)


 同時に命が掛かっている戦いの途中で考え事をしていた自分に対して失望にも似た感情が心を占める。

 八重は内心ため息を吐きつつ現状を整理する。

 本来であるなら休憩スペースとなっている場所は一帯沼地のようにされており、八重は法眼を沼地に突っ込ませてしまった。

 そして身動きがしにくいところに鯱を名乗る魚人の【怪機】が現れ小刀で攻撃してきたのである。

 八重も手持ちの札で反撃を試みるが鯱には当たらず全て反対側に張り付いている。


 (けれど、反撃の準備はもう終わっている。)


 そう、一見して身動きが取りずらいかなりの不利な状況である。

 だが八重は早い段階で反撃の手段を整えていた。

 あとは仕上げをする段階であったが、ついつい最近の不安について考えてしまったのだ。


 「ガッハッハッ!!怖かろう!恐ろしかろう!そう我こそがみずち様に次ぐ海の王者!鯱なのだから!」


 何やら鯱は勝手に盛り上がって武勇伝を語り始めたので、その隙を利用して八重は頭を整理する。


 (最近は分からない事が多すぎるわね。)


 無人の【陰陽機】、何か隠している母親、道満を名乗る謎の老人と【怨霊機】。

 何がどう関わっているのかは今の状況では八重には全然分からない。

 これから先でこれらの謎を解かなければならないと思うと気が重くなる。


 (それに…叶夜くん。)


 少し前まで本当に一般人であった彼の実力は最早もはや野放しにしてはいけないレベルにまでなってしまった。

 現在は何とか陰陽師補佐という枠に押し込めた事で一応の平穏は保たれている。

 だけどもしこの先において玉藻前の力をもっと引き出したのなら。

 もし引き出せなくても陰陽師補佐という枠を彼が自ら取り外すのなら。

 その平穏はもろく崩れ去る事を八重は理解していた。


 (本音を言えば今すぐにもこの世界とは縁を切って欲しいのだけど。)


 八重が本気である事が分かれば叶夜も耳を傾けるだろうと彼女は思っているし、玉藻前も厄介ではあるがそれでも話が通じない訳では無い…はず、とも思っている。

 だがそれをしない、もしくは出来ない一番の問題は。


 (私が今の関係を心地よく思っている事…よね。)


 そこまで考え終わると八重は残った札を一枚だけ残して鯱に投げつける。

 放たれた札は十枚、それらが複雑な軌道を描きながら鯱に向かう。


 「ええい!人が武勇伝を語っている時に!」


 だが鯱は迫り来る札を小刀で弾く。

 札たちは沼に沈んだり壁に張りつけられたりされ、使い物にはなりそうに無かった。


 「これだから最近の若い連中は人の話は最後まで」


 鯱がその言葉を言い切る前に八重は次の行動を起こしていた。

 残しておいた最後の札に力を込めると呪力の塊がまるでビームのように鯱に真っ直ぐ向かって行く。

 その一撃で鯱は跡形も無く消え去る…と思われた。


 「ヴォォォ!?」


 実力かまぐれかは判断つかないが妙な声を上げつつ鯱は高速で向かってくる光をかわして見せる。


 「ガッ、ガッハッハッ!残念だったな!万策尽きたようだな小娘!我の」


 鯱は自らの勝利宣言をする事無く、光によって跡形も無く消え去ったのであった。


 「…ふぅ。」


 八重は自らの作戦が上手くいった事に安堵すると沼を進むのであった。

 彼女が仕掛けたの作戦は、まず攻撃用の札に混ぜて特定の術式を跳ね返す札を鯱の背後に設置。

 それが終われば同じ要領で今度は鯱の頭上に札を設置。

 後は呪力の塊を鯱に向けて放てばいいだけの話である。

 正面の攻撃は躱しても頭上からの攻撃には気を配っていなかった鯱はきれいさっぱり消えてしまったのである。

 反射の設定をするのはかなりの複雑な術式が必要だが鯱が徹底して近づかなかったため十分時間は稼げたのである。


 沼地を脱出した八重は法眼の泥を水を操る術式の札で洗い流しつつ再び思考の海に潜る。

 自分と叶夜の現在の関係を表す言葉を八重は持ち合わせていない。

 だがこの関係が続けばいいと心のどこかで思っている自分がいる事を彼女は理解していた。

 そしていつかは選択しなければいけない事も。

 今までのようにこの何とも言えない関係を続けるのか?

 それとも無理やりにでも叶夜にこの世界との縁を切らせるのか?


 「…ん。」


 そのような事を考えている内にどうやら泥は取り除けたようであった。

 八重は考えていた事に封をして法眼を進ませるのであった。



 選択をする日はそう遠くない事を感じながら。

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