第三十七幕 狂乱―リリース《解放》―

 「二人とも大丈夫でしょうか…。」


 睦は竜宮城を移動しながら別行動となった叶夜と八重を心配していた。

 叶夜は玉藻に乗っているが全力は引き出せていない。

 力を引き出せたならまた別の問題が起こるとは思ってはいるが、少なくとも睦は今よりも叶夜は力を引き出すべきだと思っている。


 「八重さんも八重さんで問題ですよね…。」


 実力と経験的に言えば八重に問題ないと睦は思っている。

 それに自分や玉藻のような大妖怪にも冷静に指示を出せるだけの胆力も持ち合わせている。

 だがそれと同時に彼女は責任感が強いと睦は考えていた。


 「それだけなら、っと。いい事なんでしょうけど。」


 睦は飛び出してきた半魚人の【怪機】たちを凍らせながらそう呟く。

 八重は確かに責任感が強い陰陽師であるが、それと同時に思春期の少女でもある事を睦は十分に理解出来ていた。

 今は何も大きな事件になってはいない故に八重も平常でいられるが、何かしらの事が起こった時に彼女が壊れはしないか。

 睦はそれを心配していた。


 「九尾に任せれればいいんですけど。」


 と自分で言っておきながらあり得ないと思う。

 長年人間と関わらずに過ごしてきた自分よりも、よっぽど向いているとは思っている。

 だが恐らく分かっていてもいつものように茶化す様子が目に浮かぶ。

 それが元来の性格というのであれば睦も諦めがつくのであるが。


 「わざとふざけてる所もありますからね。」


 意識してかどうかまでは睦には判別が付かないが、それでも睦にはあの性格が玉藻の本質とは思えないでいた。

 わざわざ口に出す事でもないので黙ってはいるがそれでも睦はそう疑っていた。


 「それはそれとしても、しっかり二人のフォローをしないと。」


 睦はそう心に誓っていた。

 実際、玉藻の力が引き出せていない今は三人が本気でやり合えば勝利するのは睦であろう。

 それを差し引いても睦は叶夜だけでなく八重にも、そして一応玉藻にも恩を感じている。

 特に八重はクラスメイトでもあるのだから守るのも当然と思っていた。

 本人に自覚は無いが睦は全員の姉役のような立場になろうとしていたのであった。



 「まだ先のようですね。」


 睦が進んで行った先には少し広めのスペースがあった。

 植物やベンチも置いているためちょっとした休憩スペースなのかも知れないと睦はそう思いつつ立ち止まる。


 「…出て来てください。そんなに殺気を出していたら丸わかりですよ。」

 「ケケケ。そうか、なら遠慮なく正面から喰ってやるぜ。」


 そう言って出てきたのは鮫の半魚人であった。

 既に【怪機】になっており武器は持ってはいなかったが殺気だけでもそれなりの実力だと睦は感じ取っていた。


 「ケケケ。久しぶりだな外の妖を喰うのは。いい悲鳴を上げてくれよ?」

 「…あいにくですが、あなたに手間取るつもりはありません。さっさと通らせてもらいます。」


 舌なめずりしながらこちらを見つめる鮫の視線に嫌なものを感じたのか、睦は先ほどまでと同じように凍らせて無力化しようとする。


 「ケケケ!遅ぇ!」

 「ッ!!」


 だが鮫は拘束で移動しその場から離脱すると長ドスを取り出し睦を切りつけようとする。

 間一髪のところで睦は薙刀で長ドスを受け止める。


 「ケケケ!やるじゃねぇか。だが何時まで防ぎきれるか、な!」


 鮫は高速で動きつつ睦を切りつける。

 睦は薙刀を手足のように扱いつつ長ドスを防いでいたがそれにも限界があった。

 少しすると防ぎ損ねた長ドスが睦の【怪機】の装甲に傷を付け始める。


 「ケケケ!もっと悲鳴を上げてもいいんだぜぇ!」

 「くっ!誰が!」


 睦は氷の薙刀を作り出すと二つの薙刀で大きく周りを薙ぎ払う。


 「オッと!」


 その一撃は鮫の装甲をかすりはしたものの致命的なものとはならず、鮫は睦から大きく距離を取る。

 それを見逃さず睦は大量の氷柱を展開し、射出する。

 だが鮫は氷柱の隙間を縫うようにかわしていく。


 「ヒュー!危ねぇ!」

 「中々やりますね。…性格はともかくとして。」


 睦は氷柱を避けきった鮫を素直にそう褒めた。

 その言葉を受けて鮫は得意げに自慢する。


 「ケケケ!おうよ!俺こそが海の覇者たる鮫の血を持つ妖!反対側を守っているしゃちの奴とは出来が違うんだよ!」

 (やはり八重さんの方にも敵が…。無事だといいんですが。)


 貴重な情報を漏らしているとは知らず鮫はまるで劇でもしているかの如く、聞かれてもない事をベラベラと語る。


 「ケケケ!この竜宮城をみずち様が支配した日には人間たちにもこの鮫の恐怖を味わう事だろう!」

 「…乙姫さん側では無いのですね。」

 「ア?誰があんな日和見女に付くもんかよ。この鮫は根っからの蛟様の配下よ!」

 「そうですか…フフ。」

 「?何笑ってるんだ?恐怖で可笑しくなったか?」

 「いえ?…でもこれで。」


 その睦の答えを聞く前に鮫は突撃していた。

 どんな理由であろうと笑った事を許す気は無かったからである。

 最短距離をお得意の高速移動しながら長ドスを構える鮫は勝利を確信していた。

 だが、人の話は最後まで聞いておくべきであったのだ。

 少なくとそうすれば。


 「手加減の理由が無くなりましたから。」


 睦のこの言葉を聞き逃す事は無かったのだから。

 それに加え…。


 「…ハァ?」


 広場の端から端までをおおうような氷の壁がいつの間にか眼前にそそり立っているのに気づけたはずなのだから。


 「グハァ!!」


 途中で止まれるはずも無く鮫は無様に氷の壁に叩きつけられる。

 そしてそのまま氷の壁は津波のように鮫を中央まで移動させそのまま氷漬けにする。


 「乙姫さんの協力者を傷つけるのは心が痛んだので手加減をしていたのですが…。蛟さん側なら遠慮の必要はありませんね。」

 「…!…!」


 鮫は何かを必死に伝えようとしているが氷漬けにされているため何も聞こえはしない。

 もしかしたら睦は聞き取れているのかも知れないが、どっちにしろ睦がやる事は変わらなかった。

 睦は腕を高く上げると冷気が集まりだしてやがて一つの巨大な氷の剣を造りだした。

 残念な事に。

 それをどう使うか、それが分からないほど鮫の思考はまだ止まっていなかった。


 「…!…!」

 「残念ですが、ここで完全に息の根を止めさせて頂きます。…では。」


 睦は腕を振り下ろすと、それと同時に氷の剣も振り下ろされる。

 剣が振り下ろされた地点には氷漬けにされた鮫が何も抵抗できずに存在してた。

 そして周りの氷ごと、氷の剣は鮫を押しつぶすのであった。


 「やり過ぎてしまいました。」


 睦は氷漬けで荒れた周りの現状を見て思わずそう呟く。

 とは言ってもそれなりに本気を出したのは後悔はしていなかった。


 「…。『秘術・氷牢散花』なんてどうでしょうか?」


 そして押しつぶした鮫に対しては特に思う事も無く、先ほどの一連の動きに技名などを考えながら先を急ぐのであった。

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