第三十六幕 再来―アドバンス《前進》―

 防衛隊は聞かされなくとも叶夜たちの目的を正しく理解していた。

 それでも彼らは必死に叶夜たちを止める為に武器を振るう。

 蛟の為では無く、他でもない乙姫が止められる事を望んでいないからである。

 だが。


 「そこ!邪魔!」


 海坊主が連れて来た陰陽師、つまりは八重は彼らが思う以上の実力を持っていた。

 今現在も手にしている錫杖しゃくじょうで多くの防衛隊の【怪機】を吹き飛ばしている。

 それに防衛隊にとって予想外なのは八重の存在だけでは無い。


 「無駄です!」


 遠くから仕留めようと水中銃のようなもので狙う魚人たちもいたがそれらは睦によって射ち落されたり、凍らせて落としたりされた。

 そして見つかった者から首から下を凍らされ動けなくされてしまう。


 「はぁ!」


 そして叶夜も二人に負けずに魚人たちと戦っていた。

 刀を両手に持ち近づく【怪機】の武器を破壊して後退させていた。

 陰陽師が来るとしか聞かされていなかった防衛隊にとって玉藻や睦といった大妖怪クラスのあやかしが来るとは思わなかったであろう。

 そして何よりも。


 「ドイテ。」


 傷だらけで【鉄ノ器】も使用していないのにも関わらず全く気にしていない様にその剛腕で魚人の【怪機】たちを薙ぎ払う海坊主の存在であろう。

 実際、海坊主が本気になれば魚人たちを消し去る事ぐらいは簡単であろう。

 だが同胞を消し去る事を海坊主は嫌がり戦闘力を奪う程度で済んでいる。

 そうこうしている内に中央への道がだいぶ開けてきた。


 「皆さま!今です!この亀が案内します!」

 「分かりました亀さん!」


 睦はそう返事すると亀の進路を氷で壁を囲い邪魔が入らない様にする。

 そして三人は亀に続く形で竜宮城の中心部に突撃していく。


 「なぁ。今更だけど海坊主をあそこに残したままで良かったのか?」

 「本当に今更じゃな。」


 海坊主を心配してか叶夜がそう言うが亀がその心配を否定する。


 「心配はご無用です。あの程度の兵力でしたら海坊主の敵ではありません。それに我々がいない方が彼も手加減しやすいでしょう。」

 「…やっぱり規格外ね。」


 改めて海坊主の実力の一端を垣間見たような気がする八重であった。



 「これも今更かも知れませんが、乙姫さんは何故自殺を決意されたのでしょうか?」

 「…。」


 睦が走りながらそう質問するが亀は一向に答えようとしない。


 「亀さん?」

 「いえ失礼しました。ですが私の口からは…。」

 「あ奴の事じゃ。どうせ男が理由じゃろ?」

 「玉藻?」


 当然の事を答えるかのような玉藻に叶夜が疑問を持つが、それよりも亀の驚きの方が大きかった。


 「どうしてその事を?」

 「なかば予想じゃがな。あ奴は本当に(ボソッ)。」

 「…玉藻前はともかく。男と言うとやっぱり浦島太郎?」

 「…。」


 八重が改めてそう聞くが亀は口を開こうとしない。


 「理由は何でも良いんじゃないか?大事なのはそれを止める事だし。」

 「まあ、そうね。」

 「そうですね。」

 「ありがとうございます。…ここです皆さん。」


 亀はそう言うと立ち止まる。

 睦が氷の壁を解除するとそこには海坊主も入れそうな程の巨大な門がそびえていた。


 「ここが竜宮城の中央に通ずる門です。」

 「デカいな。亀はこれ開けれるのか?」

 「通常ならば。ですが恐らく蛟の手によって開かない様にされているでしょう。ですから一部のみ破壊して押し通ります。」

 「壊すなって言ってませんでした?」

 「場合によります。」

 「思わぬところで亀の図太さを垣間見た気がするわね。」

 「だったら早いとこ破壊して…。」

 「ん。叶夜、上じゃ。」


 玉藻の言葉に反応し叶夜は【怪機】を大きく後退させる。

 すると上から何かが門の前に降りてきた。

 煙が舞う中で現れたその姿は叶夜が記憶しているモノであった。


 「相変わらずイイ反応するじゃねぇか。なぁ叶夜。」

 「…久しぶりだな水虎すいこ。」


 そう、その姿はまさしくかつて叶夜と戦ったあの水虎であった。


 「ああ、しかしまたこうして会えるとはな。運がいいぜ。」

 「こっちはそんなに嬉しくない。」

 「お知り合いですか?」

 「ああ。叶夜に負けた妖、その二じゃな。」

 「いや負けは負けだがよ!その言い方は無ぇだろが九尾!」

 「叶夜君。いつの間にこんな妖と面識が…。」

 「こっちはこっちで憶えてすらねぇし!」


 どうやら八重は存在を記憶の彼方に消し去ったようで水虎の言葉に心底不思議そうな顔をしている。


 「あー!もういい!…見て分かる通りここを通りたいなら俺を倒していきな。」

 「誰かに仕えるタイプだとは思わなかったがな。」

 「ハハッ!よく分かってるじゃねぇか。だが乙姫様には色々と世話になってるからな。」

 「一応問うておくぞ水虎。引く気は無いんじゃな。」

 「はぁ?ある訳ねぇだろ。相手がお前なら尚更。」

 「…おい、陰陽師娘と雪女。迂回して中心部に行け。こ奴は叶夜が相手をする。」

 「そこは嘘でも自分達と言えよ。まあその意見には賛成だけど。」

 「一点突破した方が早いと思うけど?」

 「叶夜様、考え直されては。」


 玉藻の意見に賛成した叶夜の言葉に八重と睦から反対の意見が出る。

 だが玉藻は強い口調で言う。


 「冗談抜きで水虎は強い方の妖じゃ。下手に三体一で手間取るよりも三手に分れた方がいいじゃろ。ほれ急がば回れ、という奴じゃ。」

 「別に俺はいいぜ。任されてたのはここの守備だしな。回り込むなら勝手にしな。」

 「だ、そうだけど?どうする二人とも。」


 八重と睦は顔を見合わせると同時に左右に分れて中央に向かう。


 「叶夜君。ちゃんと追いついて来てよね。」

 「叶夜様。武運をお祈りいたします。」


 それぞれ叶夜にそう伝えるとそれぞれの道を進むのであった。


 「そ、それで私はどうすればいいのでしょう。」


 どちらにもついて行きそびれた亀がオドオドした様子で玉藻の後ろに回る。


 「あー。…邪魔にならない所におった方がいいじゃろうな。」

 「わ、分かりました。」


 亀が邪魔にならない場所に行くのを見届けてから改めて叶夜は水虎と向き合う。

 玉藻の【怪機】の両手には刀が握られており。周りには大量に狐火が浮かんでいる。


 「やる気じゃねぇか。そう来なくちゃな!」


 水虎は槍を頭上で振り回した後に玉藻に、いや叶夜に突き付ける。


 「それじゃあ、あの日の再戦と行かせてもらおうか!」


 そう言って水虎が繰り出した突きを叶夜が防げたのはハッキリ言ってしまえば完全に勘であった。


 「ッ!」


 繰り出された槍の威力が玉藻を通して伝わり思わず顔をしかめる叶夜。


 「ハハッ!まだまだこれからだ。簡単にへばってくれるなよ叶夜!」

 「…のう叶夜。言うまでも無いと思うが。」

 「本当に言うまでも無いな玉藻。…水虎は確実に前より強い!」

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