第三十四幕 狡知―アップスタート《成り上がり》―

 【裏世界】は常に月明かりほどの明るさで保たれているが、それは海に置いても例外では無い。

 そもそも【裏世界】の海とは一種のテクスチャーのようなものであり、ただ海を拠り所とする妖たちが存在するための場所である。

 むしろ【表世界】よりも明るく感じるそんな海を叶夜たちは海坊主に掴まりつつ移動していた。

 目的地は竜宮城、叶夜たちはそこに攻めに行こうとしていた。


 「まさか御伽噺おとぎばなしに出てくる竜宮城に遊びに行くどころか攻めに行くなんてな。」


 叶夜のそんな呟きに八重は何とも言えない様子であった。


 「気持ちは分からないでも無いけど気を抜かないでね。竜宮城に着いたら一斉に攻撃を受けるわよ。」

 「兵士さんたちの思いは複雑でしょうけどね。」

 「「…。」」


 睦の言葉に叶夜も八重も何も言えない。

 何故彼らが竜宮城に攻めに行くのか?

 物語は数十分前にさかのぼる。



 「オトヒメって、あの乙姫?浦島太郎に出て来る竜宮城の主の?」

 「ソダ。」

 「え?乙姫ってあやかしなのか?」

 「まあ一般でそう思う人はいないでしょうね。」


 叶夜の驚き様に八重は半笑いになりつつ陰陽師界隈での常識を答える。


 「乙姫という妖が竜宮城にいると言うのは陰陽師の中では有名な話なの。まあ誰も乙姫の姿を見た事は無いのだけれどね。」

 「妖の間でも海に関わるモノ以外は見た事は無いと思いますよ。」


 睦が妖内での話を叶夜に説明すると玉藻が口を挟む。


 「…我は会った事があるぞ。まあ千年以上前の話じゃが。」

 「なんか玉藻元気ない?乙姫と喧嘩でもした?」

 「…気にするでない。それよりも乙姫を救うとはどういう意味じゃ?」

 「アア…ウウ…。」


 玉藻が質問すると海坊主は言葉にしようとするが中々口に出せずにいた。


 「海坊主、ここはこの亀が。」

 「アリガトウ。」

 「いえ。結論から言わせて貰うと乙姫様は自ら命を絶とうとしております。」

 「…じゃが妖は基本死なんじゃろ。消えても時が経てば信仰がある限りは復活する。例外はあってもな。」

 「まあ、滅ぼされたとされる玉藻もこうして生きている訳だしな。」

 「ちなみに例外の一つが私たち陰陽師によって倒される事。」

 「他は信仰が無くなるか同質の存在。つまり別の妖によって滅ぼされるなどですね。妖に自殺という選択肢はありませんから。」


 叶夜たちはそれぞれに語るが亀は重く首を横に振る。


 「残念ながら乙姫様はその例外を用いて自決されようとしております。それに話はそれだけには留まりません。恐らく【表世界】に最悪の事態を引き起こす事でしょう。」

 「…それはどういう意味?」


 亀の言葉に八重は陰陽師としての顔になり質問する。


 「そもそも自決は乙姫様が昔から考えられてた事だと思います。ですが乙姫様は海を拠り所にする妖たちのまとめ役。その責任が乙姫様の自決を思いとどまらせていました。」

 「責任感が強い方なのですね。乙姫様は。」

 「ええ。優しく責任感があり寛大。ですから海の妖は乙姫様を慕います。」


 明るく話す亀であったが次の瞬間表情が暗くなる。


 「ですがある妖が乙姫様をそそのかしました。『自分が役目を引き継ぐから乙姫様は好きな事をすればいい。ただ引き継ぐためには力が必要。』だと。」

 「思いっきり詐欺の手口じゃろそれは。」


 玉藻の呆れたような言葉に亀は困ったような顔をしつつ答える。


 「ええ。乙姫様は疑う事を知らずその妖に今も力を与え続けております。そして力を渡し切った時、乙姫という存在を自ら消し去るでしょう。」

 「自ら存在を否定することによって『乙姫はいる』と言う概念を打ち消すのね。確かにそれなら自殺は可能ね。」

 「そして乙姫様の存在が消えた時、おそらく奴は【表世界】を我が物にせんと竜宮城の戦力を送り出すでしょう。」

 「…それって一大事なんじゃ。」

 「ウン。」


 叶夜の思わず出た言葉に海坊主は頷き亀は深刻そうに語る。


 「乙姫様に進言しようにも閉じこもった上に、すぐそばに常に奴がいるため出来ませんでした。他の妖は信用出来ず友の海坊主と共に事実をお伝えできる者を探していました。」

 「だからこうして海岸に?」

 「ウンダ。」

 「海坊主の噂を聞けば力を持ったものが興味を示すと思いまして。」


 そこまで言うと亀はスゥと頭を下げ叶夜たちに懇願こんがんする。


 「お願いします、どうか乙姫様の自決を止めて下さい。それが叶うのでしたらこの命がどうなっても構いません。」

 「オネガイ…シマス。」


 亀にならってか海坊主も頭を下げる。

 それを見つつ玉藻が声を出す。


 「叶夜、陰陽師娘、雪女。…我からも頼む。あのバカの目を覚まさせるのに手を貸してもらえんか?」

 「珍しいわね。そんな事を言うなんて。流石の玉藻前も知り合いが消えるのは見ていられないのかしら?」

 「そんな訳が無いじゃろう。死ねなら勝手に死ぬといい。じゃが…。」

 「じゃが?」

 「いや、お主らに言う事では無いのう。忘れよ。」


 玉藻に引っかかりを覚えつつも八重は亀の方を向き言い放つ。


 「頭を上げて、頼まれるまでも無いわ。陰陽師としてこんな事態を見過ごせません。嫌と言っても行きます。」

 「八重もそう言ってるし補佐の俺が拒否する訳にはいかないよな。それに玉藻の真面目なお願いだし。」

 「叶夜様が行かれるのについて行かない訳には参りません。お役に立つかは分かりませんが助力させてもらいます。」

 「皆さま…ありがとうございます。」

 「アリガトウ。」

 「でもどうやって行くの?いえ、そもそもこの近くなの?」


 八重がそう質問すると亀は海坊主の方を見つつ答える。


 「皆さまは海の妖ではありませんから…彼に掴まって移動するのがよろしいかと。距離に関しては問題にはなりません。」

 「どうしてだ?」

 「竜宮城は空間の狭間はざまに存在します。海の妖であればどこに居ようと行けますし、逆に案内が無ければ一生たどり着かない場所なのです。」

 「なるほどね。道理で陰陽師が長い間見つけられないはずよね。」

 「けど着いた後はどうするんだ?海での戦闘なんて経験ないぞ。」

 「それについてもご安心を。竜宮城では息も普通に出来ますし浮力もありませんから地上と同じように戦えるはずです。他に質問が無ければ早速行きましょう。時間がありません。」

 「ツカマッテ。」

 「じゃあ、遠慮なく。」


 そう言って叶夜は玉藻の【怪機】を海坊主にしがみつかせる。

 それに続き八重も睦もしがみつく。


 「用意はよろしいでしょうか?では…。」

 「待って、その前に一つ確認いいかしら?」

 「何でしょう。」

 「その乙姫をたぶらかした妖って一体何者なの?」

 「…その者は海の妖の中でも狡知こうちに長けた水蛇。」



 「名をみずちと申します。」

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