第三十三幕 救助―ベグ《乞う》―

 話を聞いたその日の深夜帯に叶夜と八重、そして睦と玉藻は海岸線を歩いていた。


 「伝承は数ある海坊主だけど本来はこんな海岸に現れるような妖怪じゃ無いわ。」


 誰に聞かせる訳でも無く八重は海坊主について語り始めた。


 「積極的に危害を加えるようなあやかしに無いにしろ、もっと沖合に現れる妖よ。」

 「確か近年でも海外で目撃情報が無かったっけ?」

 「ええ。1971年にニュージーランド方面の海で巨大な生物を見かけた、と言うものよね。管轄外で大掛かりな調査は出来なったみたいだけど。」

 「ですが本当に海坊主でしたらこの戦力で勝てるでしょうか?」


 睦が弱気とも取れる言葉を言うのに対し八重はため息を吐きつつ答える。


 「まず無理でしょうね。玉藻前が万全でも戦う場所が海なら厳しいでしょうね。」

 「と、言われてるけど玉藻。」

 「これに関しては何とも言えんのう。まあ陸地で万全なら九割勝てるじゃろうが。」

 「とにかく今日は様子見よ。もし海坊主がいるのなら討伐部隊を編成して貰わないと。」


 そうこう話している内に海の方から黒い大きな影がゆっくりと近づいて来るようであった。


 「あれが海坊主か?今のところデカい黒い影にしか見ないけれど。」

 「とにかく様子見しましょう。無理する必要は無いのだから。」

 「…そうは言ってはいられない様子ですよ八重さん、叶夜様。」


 睦がそう険しい顔で言うのを八重と叶夜は不思議そうに聞くが、今度は玉藻がため息を吐きながら答える。


 「叶夜はともかく陰陽師娘は感が鈍くなっておるのでは無いか?」

 「無理も無いと思いますよ。何せ海坊主の妖気に隠れてしまっていますから。」

 「二人とも何が言いたいんだ?」

 「少し目をつぶっとれ。【裏世界】に行けばすぐに分かる。」


 叶夜がそう聞くと玉藻が有無を言わせず【裏世界】へと移動する。

 咄嗟とっさに目をつぶった叶夜が目を開けた先に見えたのは海坊主と思われる毛むくじゃらの60mはあると思われる巨体。

 そしてその巨体を攻撃している【怪機】であった。


 「えっと。これはどういった状況?」

 「見ての通りじゃな。海坊主が【怪機】、恐らく半魚人から攻撃を受けているところじゃな。」

 「…海坊主は海の妖の中でも上位よ。それを攻撃でなんて。」

 「でも目の前の光景が現実です。それに海坊主さん、かなり傷だらけのようですね。」


 睦の言う通りよく見ると海坊主の体には無数の傷が付けられており今も半魚人の【怪機】による攻撃で血が流れていく。


 「どうして反撃しないの。あの程度【怪機】にならなくても撃退できそうなのに。」

 「さあのう。出来ないのか。する気が無いのか。で、どうする気じゃ陰陽師娘。」

 「…。」

 「少なくとも海坊主が暴れとる様子は無い。ならば見て見ぬ振りをしてこの場から去るのも陰陽師としての選択の一つじゃろ?人が襲われている訳では無いからのう。」


 しばらく何も答えなくなる八重をよそ眼に叶夜は立ち上がる。


 「少なくとも俺は行くぞ。どうせ陰陽師補佐だしな。」

 「叶夜君。」

 「まあ八重にも立場ってもんがあるだろうし無理に付き合わなくてもいいさ。玉藻行けるか?」

 「誰に物を言うておる。何時でも行けるに決まっておろうに。」

 「私も行きます。叶夜様だけに無茶はさせられません。」


 そう言って玉藻と睦が立ちあがると八重も立ち上がった。


 「八重?」

 「行かないなんて一言も言ってないわ。けどあくまで状況把握のためだから。」


 そう言うと八重は法眼を呼び出し乗り込む。

 半魚人たちもこちらに気が付いたようで海坊主への攻撃を中断して法眼へと向かってくる。


 「素直じゃないな八重も。」

 「まあ、あ奴にも譲れない一線があるんじゃろうて。」

 「それでは、私たちも行きましょう。」


 八重に続くように睦と玉藻も【怪機】となり戦闘に参加するのであった。



 「ハァ!!」


 繰り出された法眼の錫杖しゃくじょうの突きが半魚人の【怪機】の装甲を貫き塵となり消えていく。

 敵はおおよそ12体ほどおり数では負けていた叶夜たちではあったが厳しい戦いを繰り返してきた叶夜にとっては拍子抜けするほどに決着が付いた。


 「これで終わりか?随分あっけないな。」

 「叶夜も随分感覚が狂ってきよるのう。いい傾向じゃ。」

 「い、いい傾向と呼べるのでしょうか?」


 三人が戦闘終わりにそのような事を話してる中、八重だけは海坊主の様子を見つつ警戒していた。

 戦闘中も海坊主は動かずこちらを見ていただけであった。

 このまま沈黙が続くかと思われていたが海坊主が突然喋り始めた。


 「ア、アリガトウ。ニンゲンタチ。」

 「!?あなたは海坊主ね。」

 「オ、オデ。ウミボウズ。」

 「何故こんな所にいるの?攻撃してきた奴らは何?何故反撃しないの?全部答えなさい。」

 「ウ…アァ…。」


 八重の矢継ぎ早の質問に海坊主は困ったように巨大な目を左右に動かしている。


 「八重さん落ち着いてください。明らかに海坊主さん戸惑ってますよ?」

 「うっ。…ごめんなさい海坊主。あなたのペースでいいから教えて頂戴?」


 このままでは聞き出せないと思ったのか八重が優しい口調で問いかける。


 「オ、オデ。コトバ、フジユウ。ト、トモダチ。ヨブ。」


 海坊主はそう言うと沖の方向を向くと何らかの汽笛のような音を出す。

 すると沖の方から何かが現れる。

 その姿は。


 「亀だな。」

 「亀じゃな。」

 「亀ね。」

 「亀ですね。」


 そう大きさはかなりのものであるが明らかにその姿は亀であった。

 その亀は叶夜たちの方に向けて一礼すると喋り始める。


 「初めまして皆さま。この度は友である海坊主をお助け頂きありがとうございます。」

 「いえ、通りがかりのようなものですから。気にしないで下さい。えぇ~と?」

 「ああ自分に名はありません。ですからただの亀とお呼びください。」

 「じゃったら亀よ。お主はどうしてこの様な事態になっておるか分かっておるんじゃな。」

 「勿論。お答え出来る事でしたらお答えしましょう。」


 そう答える亀に対して八重が質問をする。


 「だったら聞くけれど、一体何が起こっているの?海の大妖怪である海坊主に同じく海の妖である半魚人が襲い掛かるなんて普通じゃ無いでしょ。」

 「…。」

 「どうなの。」

 「その質問の答えは知っております。ただ私が答えていいものか…。」

 「カ、カメ。コノヒトタチイイヒト。」


 海坊主はそう言うと頭を下げるようにして叶夜たちにお願いをするのであった。


 「オネガイ。オトヒメ、ヲ、タスケテ。」

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